善の裏


「……お嬢さん」



村長が呆れ顔を隠さずに向けてきた。

ライラの肩の上にいるペノも、やれやれと息を吐いている。



「分かっていると思うがね。祭りだけできればいいってわけじゃなくってね」


「村の復興ですか」


「そうだ。冬までにある程度の蓄えが必要なんだ。祭り以外の仕事は山のようにある」



そう言った村長が、目の前のテーブルを小突いた。

テーブルは甲板の側面や幕板、脚にいたるまで、細かな装飾が施されていた。

ただ華美なだけでなく、重厚でもある。

その見事なテーブルを作ったのは自分だと、村長が言った。



「この村は家具職人や大工が多い。大工は祭りの期間が終われば出稼ぎに行くし、職人は仕事をして物を売らなければ、来年の春を迎えることは出来ない」


「畑も、被害が大きいですしね」


「そういうことだ。それを全部、お嬢さんが面倒見てくれるってのか?」


「皆さんが冬を越せるぐらいのお金なら、ほとんど無利子でお貸しします」


「……冗談だろ?」


「冗談ではないです。最初に言った通り、面倒そうな話はしませんよ」


「……は、はは」



村長が困惑を隠しきれず、二歩三歩と後退った。

ライラを見る目。

不信に満ちている。

支援すると言っているライラを、悪魔に類するなにかと見ているようだった。



「今決めて欲しいわけではありません」



不信感に苛まれている村長に、ライラは小さくため息を吐いた。

どうやら単刀直入に過ぎたらしい。

これ以上押しては、逆効果となるだろう。

それどころか追い出されてしまうのではないか。

ライラは内心慌てて、村長に向かい、深く頭を下げた。



「私は、村の人の手伝いに戻ります」


「……手伝ってくれているのか」


「はい」


「……そうか。わかった」



村長が放心したような表情で、頷いた。

ライラは再度頭を下げて、村長の家を後にした。


その日ライラは、村の休憩所で泊った。

馬車の中で寝ようかと思ったが、怪我人の様子も気になったからだ。

村人も献身的に手伝ってくれるライラを受け入れてくれた。



「村人から見れば、とんでもない善人だよねえ」



寝床に就いてすぐ、ペノが揶揄うように囁いた。

ライラは眉根を寄せ、ペノの耳を摘まむ。



「お祭りは、ひとりでも辛そうな人がいたら冷めちゃうじゃないですか」


「だからと言って、ここまで頑張らなくても。来年訪ねてきたらいいじゃない?」


「……そこまで薄情になれないです」


「じゃあ、全部無償で援助すればいいじゃない?」


「……そこまでの義理はないですし」


「中途半端だなあ」


「バレなきゃいいんです」


「まあ、中途半端なほうが人間味があるってものだね」


「でしょう? でも、もう少し良いフォローをしてください」



ライラはペノの両耳を強く摘まんで、頬を膨らませる。

ペノが痛そうに転げまわり、ライラの指を短い前足で叩いた。



「ま。面白くなりそうだから、ボクは応援するよ」



ライラの指から取り戻した長い耳を撫でつつ、ペノが言った。

その言葉に、ライラは片眉を上げた。

ペノが面白そうだと言うときは、面倒事が起こる可能性が高い。



「……ペノ。なにか気付いてることがあるの?」


「ううん、全然? おやすみなさーい!」


「え、ちょ、ちょっと……?」



ライラはペノの小さな身体を揺さぶる。

しかしペノはぴたりと反応しなくなった。

そうすることでライラが慌てることを知っているのだ。

その意図を知りつつも、ライラは慌てた。


結局その夜。

ライラは一睡もできなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る