祭りへの援助

怪我人の治療には、ひどい場合に限って魔法道具を使った。

こっそりと使ったつもりであったが、不器用なライラの行動はすぐに気付かれた。

とはいえ、悪いことではない。

魔法道具が高級品だと分かっている村人たちは、ライラに深く感謝した。



「お貴族様にこんなことさせて、申し訳ないです」



荒れはじめてきたライラの手を見て、村人の娘が言った。

その娘は、ライラと一緒に様々な雑用をして回ってくれていた。

娘の手の方がひどく荒れていたので、ライラは慌てて首を横に振った。



「貴族ではありませんから、お気になさらず」


「ですが」


「それよりその手、見せてください」


「え、え?」



戸惑う娘の手を、ライラはそっと取る。

そうして、治療用の魔法道具を使った。

娘の荒れた手はすぐさま治った。

肌の硬さはあるが、それは仕方ない。

そこまで治して柔らかくすれば、あとで大きな怪我をさせてしまうだろう。



「内緒ですよ」


「あ、ありがとうございます」



娘が深々と頭を下げる。

ライラは「あと少し頑張りましょう」と言って、小さく笑った。



ブラムたちが戻ってくるまでに、荒れた畑を直していく。

ほとんどは駄目になっていたが、なんとか実を付けられそうなものも残っていた。

とはいえ、これだけでは冬を越せない。

村人たちはひどく消沈していた。


消沈する理由は、他にもあった。

大嵐が来る直前まで、祭りの準備をしていたというのだ。

準備していたものはすべて、嵐が破壊していった。

今年の祭りの開催は、もはや絶望的のようであった。



「どうにもならないのでしょうか」



項垂れていた男に、ライラは声をかけた。

男は顔を上げず、大きくため息を吐いた。



「……時間をかければ、もう一度準備はできるでしょうや」


「なら」


「だけど、それだけをしているわけにはいかねえ。冬を越すための準備が先ってとこでしょうや」


「食糧ですか」


「家を失った者のために、仮家も準備しなくてはならんねえ。あ、いや、その前に、金の心配をしなくてはならんがねえ」



再びため息が吐き出される。

ライラはそれならばと、村長の元へ向かった。


この村の村長は若くて働き者であるらしく、なかなか見つけることは出来なかった。

村人たちが言うには、現役の家具職人であるらしい。

倒壊した家屋を建て直すために、大工たちと駆け回っているらしかった。

ようやく見つけたころには、辺りはすでに暗くなっていた。



「俺に話だって?」



村長の家に招かれてすぐ、村長がライラを訝し気に睨んで言った。

忙しい時に、貴族の小娘のような女が訪ねてきたのだ。当然の反応である。

ライラは村長の機嫌を損ねないよう、出来るだけ遜って挨拶をした。



「村の援助をしたいのです」


「なに??」



村長の訝し気な表情が、さらに険しくなった。

苦労も知らなそうな小娘が、突然に援助をしたいなどと言うのだ。警戒して当然である。



「お嬢さん、この村は今、お偉い人の面倒そうな話に付き合える余裕はなくてね」


「面倒なことを言うつもりはありません」


「……へえ?」


「この村では、他の地域から観に来る人がいるほど大きなお祭りをするとか」


「ああ、そうだ。だが、今年はもう無理だがな」


「そのお祭りにかかわるお金は私が出します」


「……なに??」


「だから、お祭りをしてくれませんか」



ライラは淀みなく言った。

その心は、特に不純な想いではなかった。

しかし、村人を助けてあげたいというほどの立派な想いもなかった。



「……お嬢さんになんの得があるんだ?」


「お祭りが見たいだけです」



ライラは再び、淀みなく正直に答えた。

ライラはただ、祭りが見てみたかった。

というのも、この世界には娯楽が少ないからである。


「お金に困らない力」は、基本的な欲求を満たすことができた。

だが、それ以外の欲求を満たすことは簡単ではなかった。

祭りのような娯楽は、お金だけで出来ることではない。

どうしても、他の、人間の力が必要となる。

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