嵐の爪痕

窓の外は、夕暮れになっただけでなく、森も抜けていた。

道は車輪が嵌らない程度の柔らかさとなり、かえって揺れが少ない。

どうやら眠っている間にそこそこ進んだらしい。



「カウナには、まだ着かないですよね?」


「絶対にまだ着かないよ。あと三日はかかると思う」


「じゃあ……おじいさんが言っていた通り、この辺りの村に寄りましょうか」


「だねえ。とりあえず、進む先に村が見えてるよ」


「本当ですか??」



ライラは御者台の方を向く。

すると確かに、前方に集落が見えた。

集落の入り口らしき場所に、幾つかの人影も動いている。


ライラは御者に、「村へ寄ってください」と告げた。

顔色の悪い御者が、「御意」と短く答えた。

馬車が、ほんの少し速く駆けはじめる。

揺れもひどくなって、ライラはほんの少し気持ち悪くなったが、村に入るまで耐えた。



「……あ、ああ、どっかに着いたのかよ?」



揺れが強くなったせいか、ブラムが目を覚ました。

身体を起こして、目を細めたまま窓の外を見る。



「村に着きましたよ」


「そうかよ。ようやくだな」


「村に着いたら、もう少し休んでくださいね」


「そうすらあ。……これ以上、道具を無駄にされたくはねえからな」


「……バレてる」


「当たり前だろ、馬鹿ライラ。……って、おい、なんか村の様子が変だぞ?」


「馬鹿って言わないで、って、なに? なにが変なのです??」



ライラは首を傾げ、ブラムの顔の傍に自らの顔を寄せた。

窓から見える村の様子は、言われてみれば確かに妙であった。

村の入り口らしき場所にいる人影が、忙しなく動き回っている。

近付いてみると、村の中で幾つもの大きな声が飛び交っていた。



「あ、ああ、旅人さんですか」



村の入り口に着くと、慌ただしく駆けまわっていた村人のひとりが声をかけてきた。



「はい。少し立ち寄らせていただこうかと思いまして。……ですが、皆さん忙しそうですね」


「そうなんです。滅多にない大嵐のせいで、被害が出ましてね」



そう言った村人が、視線を村へ向けた。

見ると、村の状態はひどいものであった。


倒壊した家屋が数軒。

いずれも立派な柱があるのに、無惨に折れている。

大風だけでこのように折れるだろうかと、ライラは首を傾げた。

根こそぎダメになっている畑もある。

怪我をした人も多くいた。

それでも男たちは、頭や腕を血に染めたまま復旧作業に勤しんでいた。



「私たちに出来ることがあれば、手伝いましょうか」


「お気になさらずと言いたいですが、ひとりでも多くの人手が欲しいところです」


「では、参ります。ブラムも構わないでしょう?」


「俺に聞く前に決めちまってるんじゃねえか。……まあ、構わねえがな」


「馬車の馬もお貸ししましょう。御者さん、手伝ってくれます?」


「…………御意……」



御者が短く答えて、馬車を村の厩へ移動させる。

先に降りたライラとブラムは、村の被害状況を尋ねて回った。


幸いなことに、死者は出ていなかった。

怪我人は多いが、重傷を負っている者は少ない。

ライラは怪我人を休ませている村の集会所を訪れて、怪我人への治療を手伝うことにした。


ブラムは、倒壊した建物の撤去作業を手伝った。

ダメになってしまっている畑は、今更どうしようもないので後回しとなった。



「近隣の集落から、資材や食糧を調達したほうが良いですよね」



夕刻になって、ライラはブラムに相談した。

ブラムが周囲の状況を改めて見まわし、頷く。



「そうだな。俺と御者で、この先にあるらしい村を訪ねてみらあ。そこも被害が大きけりゃあ、無駄足になっちまうがな」


「お願いできますか」


「乗り物酔いをする奴がいねえからよ、すぐに行って帰ってくらあ」


「いちいち余計なこと言わないで。でも、気を付けていってきてくださいね」


「お前もな」


「私は、最悪の場合、ロジーがいますから」



ライラは首飾りの宝石をブラムに見せる。

きらりと、宝石が煌めいた。

宝石の中で休んでいるロジーが挨拶でもしたらしい。


ブラムが馬車で村を発った後、馬車を持つ他の村人も、ブラムを追って出た。

ライラは村に残って、手伝いをつづけた。

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