馬車に揺られ、夢

翌日。

朝方には、嵐が収まっていた。

しかし雨によって道はぬかるんでいた。



「もう一日様子を見たほうが良いんじゃないかい?」



老夫が心配そうに言った。

無理をして馬車を走らせれば、車輪がぬかるみに嵌るかもしれないからだ。


しかしライラは迷うことなく、出発することを選んだ。

車輪がぬかるみに嵌ろうとも、おそらく問題はない。

ロジーの頬を金貨で撫でれば、何度でも馬車を持ち上げてくれるに違いないからだ。

もちろん、今それを口には出さないが。



「ありがとうございました、おじいさん」


「ああ、気をつけてな」



老夫が仕事道具らしき斧を肩に担ぎ、手を振った。

ライラも手を振り返し、馬車に乗る。

ぬかるみを気にしてか、ブラムは馬車に乗らずに歩いた。

馬車が動きだすと、ライラは乗り物酔いを回避するため、早々目を瞑った。




眠っている間。


ライラは妙な夢を見た。

妙というのは、この世界の夢ではなかったからだ。

しかしそれが前世の夢のなのか、別の世界の夢なのか。

ライラには分からなかった。


夢の中に、ひとりの女性がいた。

それはライラに似ていたが、どこか違った。


その女性がライラを見ていた。

ライラもその女性を見ていて、声をかけた。

すると女性が、なにかを話した。

なにを言っているのか聞こうとして、近付こうとした瞬間。


ライラは目を覚ました。




馬車の窓から、夕暮れ時の光が差し込んできていた。

ライラの傍にはいつの間にかブラムがいて、寝息を立てていた。

ライラが身を起こしても、ブラムが目を覚ますことはなかった。



「疲れているんだよ」



ライラの傍で、ペノの声が鳴った。

声の方を向くと、「やっと起きたの?」と言わんばかりに呆れた顔をペノが見せた。



「……ブラムは、歩き疲れたの?」


「違うよ? ライラが寝ている間に、何度もぬかるみに嵌ったんだ。そのたびにブラムが馬車を持ち上げてたんだよ?」


「起こしてくれたら、私がロジーを呼んだのに」


「ボクもそう言ったんだけどねえ」


「まあ、いっぱい眠れて良かったですけど」


「ひどいねえ」



ペノが愉快そうに笑った。

ライラも小さく笑い、眠っているブラムの白い髪を撫でる。

それから魔法道具を取りだし、ブラムにかざした。

その魔法道具は治療用に用いるもので、滋養強壮の効果もあった。



「無駄に魔法道具使ったら、またブラムが怒るよ?」


「バレなかったら良いんです、バレなかったら」



温かな光が、魔法道具からこぼれでる。

その光が、ブラムをじわりと包んだ。



「微妙な健気さだねえ」


「微妙とか言わないで」


「お互いにねえ」


「私はブラムみたいに面倒臭くないですよ」


「……無自覚って怖いよねえ」


「うるさいなあ、もう」



ライラはペノの耳を指で弾いた。

ペノが痛そうなそぶりを見せ、さっと逃げる。

そうして小さな身体をブラムに寄せ、さらに小さく縮こまった。

さすがにブラムの身体を盾にされたら追撃はできない。

ライラは苦い顔をして、馬車の窓へ視線を向けた。

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