歪の端
指輪の魔法の効果通り、男は作曲家であった。
しかし真面な仕事はなく、借金まみれ。
妻には逃げられ、借金取りに追われる日々を送っていたという。
「作曲家さんってみんな、お金持ちの方と仲良しなんじゃないんですか?」
ライラは不思議そうに首を傾げた。
作曲家の男が恥ずかしそうに俯く。
「はは……カネもコネもない作曲家や音楽家も、いるんだよ。つまり、そう……独学とか、金持ちのセンスに合わないとか、ね」
「独学の……コウランさんと同じ、ですね」
「コウラン? 誰だい?」
「えっと、その、コウランさんは今、私と仕事をしている方でして」
「へえ、その人も売れない音楽家なのかい? 君は若いし、カネも持ってそうなのに、妙なのと付き合ってるんだね」
「あ、はい、その……実はですね――」
ライラは作曲家の男に、オルゴールの話をした。
音楽を今よりもっと庶民の身近なものにしたいという、コウランの想いも一緒に。
作曲家の男は最初、興味無さそうに聞いていた。
しかし音楽を庶民の身近なものにしたいという考えには、同調してくれた。
「不思議なもんだよ。この世の音楽ってのは」
作曲家の男が俯き、声をこぼす。
「庶民でも、歌は歌う。ちょっとした楽器だってある。だけどね、なぜか真面な音楽や楽器は、庶民の手の中には無いんだよ。奪われるようにね」
「……奪われる?」
「そう、まるで神様が奪ってるみたいだって俺は思ってる。……そうだな。例えるなら、子供にはまだ早いって、親が躾けるような感じかな」
「……なるほ、ど?」
「はは。まあ、なんとなく、そう思うだけさ。話が脱線したね。気にしないでくれないか」
「……あ、はい」
苦笑いした作曲家の男に、ライラは思わず頷いた。
しかし心の内には、作曲家の言葉が引っ掛かったままとなった。
神様がどうこうと聞いて、すぐさまペノのことを考えたからだ。
もしかするとこの世界は、自分が思っている以上に奇妙な世界なのではないか。
幾つもの歪が絡み合い、なんとか成り立っているのではないか――
考えている最中、ライラの頬をなにかが打った。
ライラははっとする。
作曲家の男がライラに話しかけていて、ぼうっとしていたライラをペノの耳が打ってくれたのだ。
「……どうかしたかい?」
「あ、いえ。ちょっと、ぼうっとしてしまって」
「はは。いや、ごめん。俺が変な話をしたせいだね。本当に気にしないでくれよ」
「いえ、こちらこそ。……それで、その、作曲家さんにお願いしたいことがあって」
「大体予想は付くね。オルゴール作りを手伝えばいいのかい?」
「は、はい。もちろん、報酬も用意しています」
そう言ってライラは、持っていた袋の中に手を入れた。
作曲家の男に払う前金を想像し、「お金に困らない力」を使う。
袋の内に、ずしりと金貨の重みが加わった。
「こちらは、前金です。オルゴールが完成したら、残り半分をお渡しします」
ライラは袋の中から金貨を取りだし、見せる。
金貨の数は、十枚。
作曲家の男の表情が、一瞬で変わった。
「……こんなに貰えるような……大きな仕事なのかい?」
「その後もつづけて手伝っていただけたら、報酬を弾みます」
「はは……とんでもないお嬢さんだ。いや、幸運の女神か、俺にとっては」
「ということは、契約成立、ですね?」
「ああ、宜しく頼むよ」
作曲家の男が握手を求めてくる。
ライラはその手を取り、大きく頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます