ロズのオルゴール


独学で、仕事もないとはいえ、やはり作曲家というべきか。

オルゴール作りの最難関である木ピン打ちは、作曲家の手によって早々に完了した。

コウランとブラムが用意した予備のシリンダーひとつを、試用と割り切って犠牲にしたからだ。



「……おっさん、すげえな」



ブラムが素直に感嘆して言った。

おっさんと言われた作曲家の男が、片眉を上げる。



「この歳になると、思いきりが必要になるものなんだ」


「思いきりでシリンダーひとつ無駄にしようとか言いだしたときは殺意を覚えたがよ、さすがだぜ」


「はは。どうもありがとう」



作曲家の男が、完成したシリンダーを手で撫でる。

木ピンを取り付けたシリンダーの傍には、新しい石琴が置かれていた。

ライラが注文した通り、音域の広い石琴だ。

以前にブラムが購入した石琴よりも遥かに細かく、丁寧に石が並べられていた。


石琴とシリンダーの間には、多数のマレットが並べられていた。

シリンダーが回ると木ピンがマレットを持ち手を押し、ピンが離れたらマレットが石琴を叩くという仕組みだ。



「上手くいくと良いですね」



コウランがそわそわとしながら言った。

とはいえ、恐れているわけではない。

成功を期待して、新しい世界が開く瞬間を待ちわびているようであった。



「ダメでも、また作り直しますよ?」


「完成するまで諦められませんからね」


「そういうことです」


「……では、動かしてみましょうか」



コウランが口の端を持ちあげる。

いつの間にか家の外へ移動していたブラムが、堰き止めてある水路の傍にいた。

コウランが合図を送ると、ブラムが水路の堰を外した。


水が流れ出す。

古い水車と、新しい水車を、水がゆっくりと押しはじめた。


木の軋む音。

同時に、涼しげな音が静かに広がる。

シリンダーに仕込んだロズの葉の音だ。



「……お願い、上手くいって」



ライラは祈るようにして両手を握り合わせた。

他の三人も同様にして、ぐっと息を潜め、シリンダーに取り付けた最初のピンを覗く。


最初の木ピンが、マレットを押した。

間を置いて、マレットが倒れる。

澄んだ音が、石琴から鳴りひびいた。


つづけて何度もピンがマレットを押し、マレットが石琴を打ち鳴らす。

踊るように。

歌うように。

オルゴールが音楽をひびきわたらせる。



「……や、やった」



最初の歓声を、コウランが上げた。

つづけて作曲家の男が目を丸くし、飛び上がる。

一拍置いて、ライラも大声をあげて喜んだ。



「やった! やったあ!」


「やりましたね! レイテさん!」


「すごい、これはすごい! お嬢さん、聞いてください! 機械が、演奏してます!!」


「聞いてますよ! やったあ!」



ライラは作曲家の男と一緒に飛び跳ねる。

目端に、木戸の傍で立っているブラムの姿が映った。

ブラムは音楽を奏でるオルゴールではなく、ライラをじっと眺めていた。

とはいえ、揶揄うようではない。

微笑んで、ライラたちの成功を祝っているようであった。



「やりましたね、ブラム!」


「ああ。上手くいったな」


「もう、もっと喜んでくださいよ」


「喜んでらあ」


「本当? ふふ」



ライラは笑ってブラムの手を取る。

ブラムが恥ずかしそうに目を細めた。

しかしライラの手を振り払いはせず、にかりと笑うのだった。

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