百年の先で

翌日も、その翌日も。

ライラたちは道中の廃村に泊まった。

森を抜けるまでの十二日間、人がいる村を訪れたのは二度だけであった。



「皆、ジェノンに避難しています」



八日目に訪れた村で、残っていた村人が言った。


ジェノンというのは、パーウラマ地方の南東にある街だ。

地方の境にある面倒なトゾの森を、何百年も管理している。

その面倒事を引き受ける代わりに、ジェノンは強い自治権を持っている。



「皆さん、戻ってくるでしょうか?」


「分かりません。こんなにも手荒に魔物除けを使われるなんて、思いもしなかったんで」


「あなたは避難しないのですか?」


「自分は耐性があるようでして。それに、皆が避難してしまったらこの村は本当に廃れて消えてしまう。なんたって、森の中ですからね。無理をしてでも誰かが残らないと」



村人が森を見回しながら言った。

静けさに満ちた森の底。

ほんの少し、息苦しさを覚える。

どうやらライラにも、魔物除けの副作用が効いているらしい。



「ブラムはなんともないの?」


「問題ねえな。だが、ここ二、三日、馬どもの様子が少しおかしい。長くは留まれそうにねえぜ」


「そう。じゃあ、急がないと」



ライラは頷き、村人に礼を言う。

村人と別れる間際、ジェノンについていくつか話を聞いておいた。

もしも道の整備に投資するのなら、ジェノンに投資することとなるからだ。

巨額の投資が叶えば、道だけでなく、村の復興にも協力できるだろう。



「道なんかに金出すのかよ? これまでと違って、何も貰えやしねえぞ」



走る馬車の中。窓の外を覗くブラムが呆れ顔で言った。

ブラムの視線の先には、これまで同様に凸凹の少ない道。

整備する必要など無いのではと、首を傾げている。



「だって、将来もずっと凸凹がないほうがいいでしょう?」


「お前が乗り物酔いしないようにかよ?」


「それはもちろんですけど」



ライラは頷き、ブラムが覗く窓の傍へ詰め寄る。

近付いてきたライラを、ブラムが嫌そうな顔で睨んだ。

しかしライラはブラムを無視して、窓の外の景色へ視線を送った。



「この森の旅は、楽しかったです」


「そうかよ。……まあ、楽な道だったのは間違いねえがな」


「でしょう? 気楽な旅は楽しいです。いつかまた来た時も、楽しいって思いたいのですよ」



いつかまた。

それはきっと、百年以上先。


百年も経てば、村も復興していることだろう。

その時はライラだけでなく、他の旅行者もいるかもしれない。

旅行者たちはトゾの森を気楽に通り、賑やかになった村の宿で寝泊まりする。

その賑やかさの中。ライラはまた昔を思い出し、恵まれたその時を見つめられるかもしれない。



「先に言っとくがよ」



ブラムの声が、ライラの空想に水を差した。



「お前の旅が楽しいのは、こんな森の中でも、ロジーを扱き使って普段通りの贅沢をしてやがるからだぞ」


「そういえばそうかもしれません」


「そうかもじゃねえ。それがすべてだろうが」



ブラムが呆れ顔を見せて、窓から離れた。

大きな身体をごろりと横たわらせる。

馬車が少し上下に揺れ、ライラの小さな身体がとんと跳ねた。


ライラは横たわったブラムに苦笑いし、そっとブラムの白い髪を撫でる。



「ねえ。ブラムも楽しかった?」


「ああ??」


「ちょっとは楽しかったでしょう?」


「っは、知らねえよ。俺は寝るからな」


「はいはい」



顔を背けるブラムに、ライラは頬を膨らませる。

この大男がもっと素直になってくれたら、もっと楽しい旅なのだが。

叶いそうにないことを想い、ライラはもう一度窓の外を見た。



深い森の底。

木漏れる、灯り。

しっとりとした空気が流れ、深緑へ溶けていく。


凸凹の少ない道の先は、ウォーレン。

微かな名残惜しさを胸に、ライラは大きく息を吸うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る