暖炉の火がこぼす

廃村に着いたのは、日暮れ前。

ライラたちは、ひとつの家を借りて休むことにした。


いずれの家も、まだ荒れてはいない。

冬に捨てられたばかりなのだ。

綺麗に整えられたままの家もあった。



「家主が戻ってくるかもしれねえからよ。あまり触るんじゃねえぞ」



家に入るや、ブラムが念押ししてきた。

「もちろんです」とライラは頷く。



「口は悪いのに、真面なことを言うよね」


「うるせえ、ペノ。その長え耳、結んじまうぞ」


「ひい、おっかない!」



ペノが長い耳をぴんと立て、ライラの後ろに逃げ込む。

逃げ込んだ仕草を見せただけで、特に怯えてもいないのだが。


そんなペノを横目に、ライラは馬車から荷物を持ち込む。

とりあえず、寝床を作らねばならない。

家主のベッドを使うわけにはいかないからからだ。

しかし暖炉だけは使わせてもらった。

使う礼として、必要以上の薪をブラムが取ってきてくれた。

余った薪を置いておけば、戻ってきた家主が多少は察してくれるだろう。



「念のため、お金を置いていきます」



ライラはそう言って、「お金に困らない力」を使った。

手から現れたお金は、銀貨五枚。

少し多い気もするが、不法侵入を許してもらうと思えば安いものか。

ライラは銀貨に礼状を添え、小さく礼をした。



「ねえ、ブラム。今夜は寝るでしょう?」



暖炉に火を入れたブラムに、ライラは声をかける。



「いや、念のため見張っておく。なんの気配もしねえが、それはそれで不気味だからよ」


「そう? なら私も、たまには一緒に起きていようかな」


「なんでだよ、とっとと寝ろ」



ブラムがライラの顔を見ることなく、追い払う仕草をする。

しかしライラは気にせず、ブラムの傍に腰を下ろした。

小さく舌打ちするブラム。

当てつけるように一人分の間を空け、ライラから距離を取った。


暖炉の内で育つ火。

ブラムが薪を足すと、火の粉が舞い、震えた。



「ねえ、ブラム」



震える火を見て、ライラはこぼす。

一拍置いて、ブラムの肩が微かに動いた。



「ブラムは、どうしてずっと……私と一緒にいてくれるの?」


「……ああ?」


「なんとなく、聞きたくなって」


「……どうだっていいだろ、そんなこと」


「うん、まあ、そうなのかもしれないけど……」



ライラは火を見ながら、少し俯く。

目端に、ブラムの横顔。

ブラムもまた、暖炉の火を覗いていた。

何かを考えているようであり、怒っているようにも見える。



「……ずっとは、一緒にいねえ」



暖炉の火が爆ぜると同時に、ブラムがこぼした。

その声は決して小さくはなかった。

しかしこぼれると同時に、暖炉の火が声を飲み込んだように聞こえた。



「俺はいつか死ぬ。不老のお前と違うからよ」


「……そうだけど」


「それまでは面倒見てやるよ。そういう約束だからな」


「……それって、リザと?」


「それもある」



ブラムがため息まじりに答える。

その息を受けてか。暖炉の火が小さく震えた。


ブラムの言葉に、ライラは少し寂しくなった。

不老であることと、今はもういないメノス村のリザのこと。

いつかはいなくなるブラムのこと。

ずっとは一緒にいないと、はっきり言葉にされて、胸の奥が痛む。


俯くライラに気付いたのか。

隣にいたブラムが、かっと笑った。



「っは。お前、俺がいないと寂しいのかよ?」



ブラムが揶揄うように言う。

横目で見ると、心底面白いといった表情をしていた。



「……そうですよ」


「あ、ああ??」


「……寂しいです」


「はっ、なんだあ、お前。熱でもあんじゃねえか??」



ブラムがライラを指差して笑った。

ライラは少し苛立ったが、表情には出さなかった。

苛立ちよりも、寂しさのほうが勝ったのだ。

これまで別れてきた人々のことも思い出し、虚しくなる。



「……そうですね、今日は……具合が悪いのかも」


「……へっ、らしいな。とっとと寝ろ。馬鹿ライラ」



ブラムが再び、追い払うような仕草をした。

ライラは小さく息を吐き、頷く。

するとさすがに居心地が悪くなったのか、ブラムの大きな手がライラの頭に乗った。


とんと。

揶揄いをつづけるようで、慰めるようでもある。



「あまり馬鹿馬鹿って言ったら、本当に馬鹿になってしまいますよ」



ブラムの手の下で、ライラはこぼした。



「それ以上、馬鹿になれんのかよ」


「なったら困るでしょう?」


「違えねえな」



小さく笑ったブラムが、ライラの頭から手を離した。

ライラはそっと立ち上がる。


暖炉から、寝床までの距離。

短かったが、遠く感じた。

一足ごとに、床の軋む音。

ライラを揶揄いつづけているように聞こえる。


寝床に就くや、ずっと静かにしていたペノがライラの顔の傍へ寄った。

どことなく、愉快そうにしている表情。

ライラは蓄積していた苛立ちを吐きだし、ペノの額を軽く小突くのだった。

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