放浪編 トゾの森

トゾの森


木漏れる、淡い灯り。

まだ夕刻でもないのに、すでに暗い。

ライラたちの行く、トゾの森。

その南東にはヴェノスレス高山、北西にはノルト天山があるためだ。


救いがあるとすれば、森の中の道が整備されているということか。

深い森には不釣り合いの、馬車がすれ違えるほど幅のある道が伸びている。

しかも凸凹の少ない道。

暗いことを除けば、快適な旅となっている。



「今日はここまでですね」



ライラは御者台の男に声をかけた。

顔色の悪い御者が、無言で頷く。


馬車が止まるとすぐ、ブラムが目を覚ました。

ライラの隣でずっと眠っていたのだ。



「……今朝と対して景色が変わってねえな」


「だって森の中ですから」


「分かってたことだがよ、長え旅になりそうだぜ」



そう言ったブラムが、欠伸をし、身体を伸ばす。

身体の大きいブラムの腕が、がつんと馬車の天井に当たった。

すると顔色の悪い御者が振り返り、ライラたちを見た。

何かやってしまったのかと、首を傾げている。

ライラは御者に向かって首を横に振り、馬車を降りた。


深い森の底。

しっとりとした空気が、ライラの肌に吸い付く。

陰気ではあるが、息苦しくはない。

このような雰囲気は、ライラにとって好ましいものであった。



「お前は引き籠りだしな」



機嫌良くしているライラを見て、ブラムが片眉を上げた。

なぜかブラムは、時々ライラの考えをぴたりと読む。



「はいはい。どうせ陰気な引き籠りですよ」


「分かってるじゃねえか」


「うるさいなあ、もう」



ライラは頬を膨らませ、野宿の準備をはじめる。


広大なトゾの森。

森を抜けるのに、短くても十日はかかる予定だ。

その間、ライラたちは野宿をしなくてはならない。

十分な準備はしてきたものの、しばらくは思う存分の贅沢はできなくなる。



「先に蚊帳の準備をしたいのだけど」



ライラは荷物の中にある折りたたまれた布を指差した。

その布は薄絹のようであったが、幾十も折りたたまれていて、非常に重たかった。

当然、ライラの細腕では持ち上げられない。

仕方ないと、ブラムが蚊帳となる布を持ち上げ、先に張りはじめてくれた。


ブラムが張ってくれた蚊帳は、馬車を包むほどの高さと広さがあった。

あまりに大きいこの蚊帳は、当然特注品である。

薄絹のような布を使っていることもあり、購入する際は大量の金貨を放出した。



「野宿中でも贅沢をするなんてな」



張り終えた蚊帳を見上げ、ブラムがため息を吐く。



「まだ贅沢していませんよ」


「こいつを使う時点で贅沢なんだよ」


「だって森の中ですし」


「それなら、ロジーに頼んで森を越えればいいじゃねえか」


「それだと旅感が無いじゃないですか」


「……ちっ。中途半端すぎんだろ、似非お嬢様よ」



そう言ってブラムが森の中へ入っていく。

暗くなりきる前に、薪を探しに行くのだ。

ライラはブラムの背を見送った後、野宿の準備を再開した。


蚊帳から少し離れたところの枝に、大きなランタンをかけていく。

かけたランタンは三つほど。

これで、明かりに群がる虫がランタンに引き寄せられる。

蚊帳に寄る虫がさらに減り、ライラの夜の快適さが増す。


蚊帳の中に入れられない馬車の馬たちは、さらに離れたところへ連れて行く。

ライラも馬たちも、お互い休めるように。



「ちょっと出てきてくれる、ロジー」



馬の綱を木の枝にかけ、ライラはロジーを呼ぶ。

一拍置いて、ライラの胸元の宝石からロジーが現れた。



「はーい! 呼ばれましたよっと!」



光を生みつづけるロジーが、明るく騒ぐ。

その騒々しさに、馬たちが嘶いた。

しかしロジーに対して恐れているわけではない。

大精霊であるからか、ロジーはあらゆる生物から一目置かれているらしい。



「ロジー、馬たちの餌を用意してほしいのだけど」


「お安い御用さ! 明日明後日の分も必要かい?」


「明日の朝の分までで平気です。お願いしますね」


「よしきた! ついでにご主人様のデザートも用意しておこう。それで金貨一枚。どうだい?」


「ふふ。では、それもお願いします」



ライラは用意されるデザートを想像して笑う。

こんな森の中でも、ライラはいつも通りに生きたいのだ。

あとでブラムに叱られるかな、と一瞬思ったが、首を横に振った。

これくらいはきっと、贅沢じゃない。

誰も困らないし、お金を使って楽しむだけなんだから。


ライラはそっと馬を撫でる。

そうして再び、野宿の準備をつづけるのだった。

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