春の兆し
冬の寒さが和らいだ頃。
トゾを通ることが出来ると、村人が教えてくれた。
「戦場をさらに西へ移したらしい」
事の詳細をレッサに尋ねると、レッサが確信を込めて言った。
レッサの元には、多くの情報が集まってきているからだ。
次いで、魔族の軍隊が西へ離れていったことは村にとって好機だと言い加えた。
人間との共生のため、魔族の軍から距離を取るのは必須なのである。
「もしかして、戦場が西へ移るように何かしたのですか?」
「はは。さすがはフィナ様。……まあ、ほんの少し小細工をしましてね」
レッサが自慢げに鼻の下を擦る。
ライラはレッサに礼を言い、家の奥にいた子供たちを呼んだ。
「みんな。以前から言っていた通り、私たちはもうすぐ村を発ちます」
「……はい、ご主人様」
「この家は、これまで通りに使ってください。村の皆さんも協力してくれますからね」
そう言うと、少女たちの表情が和らいだ。
ライラたちが出て行ったあと、ここに残れるか不安であったらしい。
「セクタ」
ブラムが低い声でセクタを手招いた。
肩を揺らしたセクタが、恐る恐るブラムへ寄る。
「村の連中は、お前らを助けてくれる。だからお前たちも村を助けるんだ。いいな?」
「ボクたちも」
「種族の違いよりも大事なことだ。善には善で返す。これまで村の連中が、お前らに悪いことをしたことがあったか?」
「いいえ」
「なら、二度と裏切っちゃいけねえ。お前たちから大事なものを奪った醜悪な連中みたいにはなりたくねえだろ」
ブラムがセクタを見据える。
セクタはブラムをやや恐れているようであったが、視線を逸らすことはなかった。
やがて力強く頷き、「約束します」と答えた。
そうして、レッサと子供たちが握手を交わす。
契約の魔法なんて必要ない。
確かにいくらかの小細工と交渉はあったが、結局は信じれるかどうかだ。
信じる行動を互いにして。
信じれるきっかけを散りばめ。
信じようと後押しする力を用意する。
心の奥底で繋がった約束ならば、魔法では現れない大きな力を生みだすこともあるだろう。
「やっぱりペノはすごいウサギですね。久しぶりに見直しました」
数日後。
荷物を載せた馬車の中で、ライラはペノの功績を讃えて言った。
最初は「金貨を使って村人を悉く利用しろ」などと酷い提案をしていたが、事が終わり、こうして平和に旅立てるのはペノのおかげだ。
「えー? 久しぶりにってどういうこと??」
「普段、全然手助けしてくれないからですよ」
「はっはー! まあ、ボクにも事情があるんだ。とりあえず今回は、ライラたちのためじゃないとだけ言っておくよ」
「それって、どういう……?」
ライラは首を傾げる。
そこへ、すべての荷物を積め終えたブラムが馬車の中に入ってきた。
「よし、とっとと行くぞ」
「よーし、行こう!」
ブラムにペノが頷いてみせ、御者台の男に合図を送る。
顔色の悪い男が、ちらりとペノを見て、馬を走らせはじめた。
春の兆し。
白に緑が混じりはじめた大地。
青い空と、雄大なヴェノスレス高山。
馬車の後ろに、ガラッド村の人々と、子供たち。
多くの荷物を載せた馬車が、ゆらりゆらり。
ライラたちを乗せて、走りだす。
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