約束

ガラッド村の指導者たちとの話し合いは、思った以上に早く済んだ。

ライラの提案が、すぐに受け入れられたからである。

とはいえその提案の大筋は、ペノが考えたものであった。

「提示すれば必ず乗ってくるよ」と、珍しく手伝ってくれたのだ


しかしライラは、原案のまま村の指導者に伝えはしなかった。

あまりに血が通っておらず、冷徹な提案に思えたからだ。



「ポンコツにしては、ずいぶん頑張ったじゃねえか」



ブラムがライラの頭をポンと叩いた。

疲れきっていたライラは、ブラムの手を払いのける気力もない。

ここ数日、寝る間を惜しみ、ペノの冷徹な提案に温かみを加えようと必死に考えていたからだ。



「……ポンコツの頭から煙が出そうです」


「そいつはいい。一度全部空にしちまったらどうだ」


「……もう。労ってくださいよ」



ライラは頬を膨らませ、テーブルに突っ伏す。

「仕方ねえな」と片眉を上げたブラムが、ライラの髪を少し撫でた。




ライラが村に提案した内容のひとつは、村にお金を預けることであった。

そのお金は、ライラが子供たちを買ったときに現れた大量の金貨だ。

何故か消えなかったその金貨を、村のために使ってもいいとライラは提案した。



「ですが、このお金は子供たちのものです」



話し合いの席で、ライラはレッサと、村の指導者たちに言った。

その言葉に、指導者たちが首を傾げる。



「この金貨は、魔法の金貨です。子供たちを村から追いだせば、たちまち消えてしまうでしょう」


「フィナ様が、その魔法をかけたのですか?」


「そんなところです」


「では金貨を使う際、子供たちのためという理由をいくらかでも含めたら、村のためにも使えると?」


「そうなります」



ライラは頷く。

あの大量の金貨は、きっと子供たちの未来の価値なのだ。

だからこそ消えなかったのではないかと、ライラは考えていた。


子供たちの未来。つまりこの先自由に生きるために現れた金貨。

子供たちの自由ある未来が失われたら、即座に消えるに違いない。

逆に、子供たちの自由が守られているうちは、金貨が消えることはないだろう。


村が子供たちを大事にして、村の一員としてくれたなら。

村のために金貨を使っても、子供たちの自由を守ることにつながる。

そうあるうちは、金貨は価値を示しつづけるに違いない。



「これだけの金貨があれば、村を束縛する鎖を断ち切れます」



高齢の指導者が、感慨深そうに言った。

その言葉に、ライラは内心驚いた。

ペノが事前に予想していた通りのことを、指導者が口にしたからだ。



「束縛、ですか?」


「魔族と人間を区別するという、束縛です」


「外の魔族たちと関係を断つと?」


「断ち切れはせずとも、私たちの発言力を増すことは出来ます。そしていつかは、人間との共存の道を探すこともできます。これまでもその道を探していたからこそ、わざわざこの地にずっと居るのです。……もちろん、これまで村の存続のため、戦争の道具としても生きてきた過去は否めませんが」



高齢の指導者の代わりに、レッサが言った。

悔しそうな表情で、自らの手を見つめている。

以前レッサは、村の存続のためあらゆることをしてきたと言っていた。

きっと望まぬことも数多くしてきたのだろう。



「しかし、これまで以上に束縛を断ちたいと願うようになったのは、フィナ様たちのおかげです」



レッサと、指導者たちが言った。

ライラはレッサたちの目に、尊敬や畏れが無いことに気付いた。

これまでとは違い、何かを悟ったような色を浮かべている。



「フィナ様は魔族ではないでしょう。いや、普通の人間でもないでしょうが」


「……ええ、まあ」


「しかしお連れの方は魔族だ。その魔族と一緒にいる。それだけじゃない。お二人はまるで性格が違うのに、超越したなにかで絆を結んでいらっしゃる」



レッサが羨ましそうに言った。

今度はライラが首を傾げる。

ブラムとは長く旅をしているが、それほど御大層な絆などあるだろうかと。

首を傾げるライラを見て、レッサが口元を緩ませた。



「はは。とにかく、我々はフィナ様たちのおかげで歩きだす力を得たんですよ」



レッサが笑いながらライラに手を差しだした。

ライラは戸惑いつつも、レッサの手を取った。


それからライラは、村の指導者たちと細かい話を詰めていった。

村での、子供たちの生活と、自由の範囲。

金貨の使い方。

もしも子供たちが村を出たいと言いだしたら、どうするか。



「いずれにせよ。契約の魔法は使いません。魔法より力強い約束というのを証明してみせますよ」



レッサが真っ直ぐな眼差しをライラに向ける。

そして決め事を記した紙をライラに手渡した。

紙はたったの一枚で、記された内容は非常に少なかった。

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