善悪の下で
少年たちの手当てが終わっても、猛吹雪が収まる気配は見えない。
神様が怒ったのだと言いだす少年もいた。
「神様がどう思ってるかはともかく、お互いの話を聞く、良い機会かもしれません」
ライラは前向きに考え、少年たちの傍に行った。
そうして、村人たちのことを丁寧に話していく。
「この世界には、善い魔族もいます。悪い人間もいます。もちろん、その逆も」
「分かります、ご主人様」
「村の人たちは、善い魔族だと私は思います。もし違っていたら、私も騙されています。その時は一緒に騙されましょう?」
「一緒にですか?」
「ええ、一緒に」
ライラは笑ってみせた。
ぽかりと口を開けた少年たちが、ライラに釣られて笑った。
不安に思うのも馬鹿馬鹿しいと、困り顔を見せて。
しかしセクタだけは、まだ少し不安そうであった。
ライラが笑っても、苦笑いを見せるのみ。
「悪い人間がいる、というのは分かります」
不安を隠し切れず、セクタがこぼすように言った。
「それは、奴隷商人のことですか?」
「それだけじゃありません」
「他にも……?」
「他にも。ボクがいた村を燃やしたのは、人間ですから」
セクタが顔をしかめる。
思いもしない言葉に、ライラは胸が苦しくなった。
セクタが言うには、最初に村を襲ったのは魔族の軍隊で、燃やし尽くしたのは人間の軍隊であったという。
そうして村が再起不能になったところへ、人間の奴隷商人がやってきたのだ。
まさかとライラは思ったが、セクタが見てきたことをレッサが肯定した。
セクタたちが経験ような事態は一度や二度ではなく、各地で何度も行われているらしい。
もちろん、そうした蛮行をすべて魔族のせいにして。
セクタとレッサが話すと、その場の空気が重苦しくなった。
ようやく笑顔を見せた少年たちも、暗い表情になる。
「……ボクたちみたいな奴隷の中には、魔族の子供もいました」
最も暗い表情になった少年が、ぽつりと言った。
何かを思い出したのか、怯えるように唇を震わせる。
「その子供は……殺されました。ボクたちと一緒で奴隷だったけど、魔族だと気付かれた瞬間……ボクたちの前で殺されたんです」
「……そんなことが」
「だから、ボクたち……恐かったんです。敵だからってだけじゃなくて。魔族と関わることは恐いことなんだって。……『違い』があるから、戦ったり、殺したり、恐ろしいことをするんです」
怯えて話す少年が、ライラの服の端を掴んだ。
それでも、逃げたことを何度も謝ってきた。
ライラは首を横に振り、少年を抱きしめた。
これは仕方ない。
『違い』によって生まれた悪に振り回され、不信を抱き、逃げ出す。
それはもう、誰にも咎められないのではないか。
ライラは今からでも、逃げようとした少年たちへ向けた咎めの言葉を撤回したくなった。
怯えていた少年が泣きはじめる。
釣られるようにして、他の少年たちも泣いた。
セクタだけは耐えていたが、口を歪ませていた。
「嫌なことを思い出させてしまいましたね」
ライラは少年たちに頭を下げる。
それから、泣き止むまでじっと少年たちの傍にいた。
レッサとブラムも付き合ってくれて、少年たちが元気になるよう計らってくれた。
夜になり、少年たちが眠りに就きはじめたころ。
ライラとブラムは、レッサたちと外の様子を見て回った。
未だ収まらない猛吹雪。
脅威はそれだけではない。
ジカの森から魔物が出てきていないかどうかも気にしなくてはならなかった。
「何匹かは、森から出たり戻ったりしてやがるな」
ブラムが森のほうを見て言った。
ライラの目には吹雪の白しか見えなかったが、ブラムには分かるらしい。
「大丈夫でしょうか」
「さあな。一度刺激しちまったんだ。容易くは落ち着かねえだろうよ」
「見張りを立てます? レッサさん」
「そうですね。吹雪に紛れて襲ってきたら大変なことになる。今夜だけは交代で見張りましょう」
そう言ったレッサが、最初の見張りに立った。
もちろん長くは持たないため、短時間で交代していく。
ライラも見張りを手伝おうとしたが、断られた。
魔族ではないライラは、寒さに強いわけではないからだ。
「ま、子供の面倒見てろってこった」
「見張ってなくても、あの子たちはもう逃げださないと思いますが」
「違えよ。悪い夢を見てうなされる奴がいる。俺たちの代わりに傍にいてやってくれよ」
そう言ったブラムの手が、ライラの頭にとんと乗った。
確かにと、ライラは頷く。
子供たちがうなされるのは、奴隷生活によるものと思っていた。
しかしそれだけではなかったと、少年たちの話を聞いて分かった。
きっと今夜は、嫌なことを思い出したことでこれまで以上にうなされることだろう。
「分かりました。じゃあ、ブラム。無理はしないでくださいね」
「しねえよ」
ブラムがライラを追い払うようにして片手を振る。
ライラは苦笑いし、ブラムから離れた。
間を置いて、外にいた鉱夫が休憩所に入ってくる。
寒さで震える鉱夫の代わりに、ブラムが外へ出て行った。
ライラは温かいお茶を用意し、震える鉱夫に手渡す。
震える手でお茶をすする鉱夫を横目に、ライラは少年たちの傍へ移動した。
(やっぱり……酷くうなされてる)
泣きながら悪夢にうなされる少年たち。
叫ぶ少年もいれば、息を潜めるようにして唸る少年もいる。
ライラはひとりひとりの手を取っていった。
手を握っている間は、ほんの少し落ち着くらしいのだ。
「無理に嫌なことを思い出させたからね。今夜は仕方ないね」
ペノが呆れたように言った。
少年たちに魔族のことを分かってもらいたかったとはいえ、「急かしすぎたね」と。
確かにそうだったと、ライラは反省した。
「ま、この程度、魔法道具を使ったら一瞬で寝静まると思うけど」
「……今夜は、私が傍にいます」
「不器用だなあ」
「すみませんね」
ライラは口を尖らせる。
そうしているうちにまた一人、少年が大声でうなされた。
両手をあげ、何かから逃げようとしている。
ライラは押さえつけるように抱きしめた。
強く押さえつけているのにまったく起きない少年が、ライラの身体を叩いたり蹴ったりする。
それでもライラはじっと耐え、少年が落ち着くまで抱きしめた。
外も時々騒がしくなる。
魔物が現れたのか、吹雪が強くなったのか。
その日の夜は、誰ひとりとして休むことが出来なかった。
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