取り戻す力

採掘場に着く前に、ヴェノスレス鉱山の天候が急変した。

突然の大吹雪。

一寸先は白一色。

何も見えない。



「早く捜さないと……!」



当然、ライラは焦った。

先ほどまで索道を使ったことで足が震えていたが、そんなことは言ってられない。

一刻も早く少年たちを保護しなければ、彼らの命が危ないからだ。

ふらつく足で、ライラは駆けた。


力を振り絞り、少年たちの名を叫ぶ。

吹雪く白が、すべて掻き消していくように見えた。

なにもかも意味がないと、押し付けてくるように。



「フィナ様!」



吹雪の向こう側から、声が届いた。

レッサの声。

ライラはレッサに返答し、声が聞こえたほうへ足を向けた。



「レッサさん!」


「フィナ様。よく来てくれました!」


「あの子たちは??」


「……ま、まだ見つかってません。面目ない」



レッサが俯きながら言う。


レッサが言うには、少年たちは南東へ逃げたかもしれないという。

ヴェノスレス高山の南東はジカの森が広がっている。

森に入ったとすれば、簡単には見つけられない。



「私も行きます」



ライラは南東に向いて言った。

その言葉に、レッサが慌てる。



「危険です。ジカの森ですよ。魔物がいるかもしれない」


「その危険な場所にあの子たちがいるんです。私の心配をしている暇なんてない」


「そういうわけには」


「大丈夫ですから。……ロジー! ちょっと出てきて!」



ライラは胸元を探り、首飾りを取りだした。

首飾りに填められた宝石を撫でる。

すると光が生まれでた。

燦燦と輝く大精霊が姿を現す。



「はーい! 呼ばれましたよっと!」



ロジーがいつもの調子で言う。

しかしライラは必死の形相を崩さず、ロジーの手を掴んだ。



「子供たちがジカの森へ行ったらしいの。捜しに行きますから、手伝ってください」


「あの森かい? 吹雪いているからよく見えないな。ちょっと待っててよ。ちょっと晴らしてくるから!」



そう言って、ロジーが空高く飛んだ。

吹雪の中に消えたロジーが、空の上で誰かと話している。

しばらくすると、大風が吹いた。

辺りはたちまち吹雪が止み、視界が明るくなっていく。



「こ、これはいったい……」



ロジーが現れた瞬間から驚き固まっていたレッサが、声をこぼした。

ライラは、ロジーを見せたのは失敗したかなと一瞬思った。

いやしかし。緊急事態なのだ。

出し惜しんで後悔することは避けたい。


間を置いて、空へ飛んでいったロジーが帰ってきた。

辺りにいる精霊に力を借り、吹雪を止めてきたのだという。



「だけど長くは止められない。今のうちに行くぞ、ご主人様。ああ、そうだ。お姫様抱っこするかい? この雪の上をヨチヨチ歩きするご主人様を見ていたら陽が暮れそうだから! はっはー!」


「そう、ですね。それでお願いします」


「よーし、お願いされましたよ! 可愛らしいお姫様のために、俺の腕を豪華な椅子に変えておこう。もちろん振動なんてない。風除けの魔法も付いてる。え、なに? 下が見えたら恐いって? それじゃあ広い絨毯も敷いておこう。これで完璧だ! どう? お給料弾んでくれる?」


「いいから、ロジー。急いで」


「怖い顔するなよ、ご主人様。わかった、わかった! さあ、行くぞ!」



睨むライラに怯えたロジーが、自らの腕を変化させた。

言った通りに、ロジーの腕だけが椅子の形に変わる。

椅子の下には広い絨毯が敷かれていた。

椅子に座ってみると、ロジーの魔法の力で周囲の冷気や空気の流れがぴたりと遮断された。


ロジーがふわりと浮きあがる。

振動はない。

絨毯のおかげで下も見えないので、さほど恐くもない。

索道を使う前にロジーを呼んでおけば良かったと、ライラは少し後悔した。



「あそこにブラムの旦那がいるよ、ご主人様」



しばらく飛ぶと、ロジーが森を見ながら言った。



「森の中ですか?」


「そうらしいね! ブラムの旦那以外にも、何人かいる」


「子供たちは?」


「んー? ちょっと待っておくれよ? ……ああ。いるよ! 小さいのが何人か!」


「すぐに行って!」


「魔物もいるみたいだけど?」


「なおさらです。速く行って!」



ライラはロジーを急かす。

ロジーが「よしきた」と応えて、速度を上げた。

森に向かって一直線。

まるで落下しているように飛ぶ。


途中。

森から轟音が数度ひびいてきた。

なにごとかと、ライラは目を凝らす。

すると森の中で激しく動く巨大な生物が見えた。

しかも見えるだけで五匹。



「あの魔物、大き過ぎませんか!?」


「ブラムの旦那が戦っているみたいだ。子供たちと他の連中は先に逃げているよ」


「加勢できる?」


「もちろん! 魔物なら任せておけって!」



ライラに応じて、ロジーが魔法を使いはじめる。

ライラとロジーの頭上に、氷と雷の矢が生まれでた。

その矢を一気に、魔物目掛けて放っていく。


第一矢が、魔物に命中した。

中ると同時に、雷の光が魔物を焼き尽くす。



「……ねえ、ロジー。今更だけど……あんなにすごいのを撃っちゃって、ブラムは……大丈夫なの」



次々に焼き尽くされていく魔物を見て、ライラは冷汗をかいた。

空からは見えないが、ブラムが魔物の近くにいたはずなのだ。

巻き添えを食らっていなければいいのだが。



「心配いらないさ! ブラムの旦那は殺したって死なないよ。ほら見て。あそこ。必死で逃げてる!」


「……私からは見えないです」


「それは残念! 心に残る一瞬だったというのに!」



ロジーが森を見ながら楽しそうに笑う。


すべての矢を撃ち尽くしたあと。

森からブラムの大声が聞こえてきた。

何を言っているかは聞き取れなかったが、ロジーへの怒りを孕んでいるであろうことだけは分かった。

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