一転
翌日。
最近でもあまり見ない晴空が、すっきりと広がった。
晴れているというだけで、ほんの少し暖かく感じる。
子供たちの笑い声。
晴れた空へ、高らかにひびいた。
多分に在る寒気を吹き飛ばして、少年たちが走り回る。
その日もライラは、少女たちをエイドナの食堂へ連れて行った。
少年たちはブラムと共に採掘場へ行く。
ブラムたちとの別れ際、セクタと目が合った。
セクタがライラに向かって小さく頭を下げた。
ライラから見る限り、セクタの様子はこれまでと変わりない。
「きっと勘繰りすぎですね」
ライラは小さく呟き、セクタに手を振る。
セクタと、他の少年たちがライラに向かって手を振った。
その様子を見て、ライラはすっかり安心した。
微かに暖かな日差しを受け、エイドナの食堂へ行く。
その間はいつも、少女たちはたくさんの話をライラにしてくれた。
食堂やエイドナの話だけでない。
近頃は、奴隷となる前の話もするようになった。
奴隷となる前の話をする少女たちの表情は、悲しいというより、虚しさを滲ませていた。
その表情に、ライラはどうしてあげればいいか分からなくなる。
気の利いた慰め方など思いつかず、ただ話を聞くことしか出来ないでいた。
「それでいいんだよ」
食堂に着いた後、エイドナが言った。
香茶を飲んでいたライラは、ううんと唸る。
「上手くやろうなんて、きっと思っちゃいけない」
「そうでしょうか」
「出来ることをする。それが最上さ。私はそうありたいと思っているよ」
そう言ったエイドナが、少女たちへ視線を送った。
少女たちはまだ働いている時間で、エイドナの孫娘と食器を洗っていた。
たどたどしい手付きではあるが、食器を割らないようにと三人共に真剣な顔をしている。
少女たちを見るエイドナの目は、柔らかかった。
孫娘や、ライラに向ける優しさとは少し違う。
見守るようでもあり、憧れているようでもあった。
「フィナお嬢さん、私はね――」
少女たちを見ていたエイドナが口を開いた瞬間。
ドンと、扉の開く音がひびいた。
それは一階の食堂の扉であったらしい。
扉を開いたであろう誰かが、エイドナとフィナの名を呼び叫んでいた。
「どうかしましたか?」
ライラとエイドナは一階へ降り、叫んでいる者に声をかける。
叫んでいた者は、採掘場で働く鉱夫であった。
レッサとよく一緒にいたので、顔だけは覚えている。
その鉱夫が、ライラとエイドナを見るや青ざめた顔で震えだした。
「フィ、フィナ様! エイドナさんも! た、た、たた!」
「どうしたんだい? 落ち着きなよ」
「た、たた、たたた!」
「ああ、もう! 鬱陶しいね! しっかりしな!」
しびれを切らしたエイドナが、鉱夫の背中を思いきり叩いた。
あまりの衝撃に、鉱夫がひどく咳き込む。
時間をかけて落ち着いた鉱夫が、エイドナの顔を見た。
「た、大変なんだ。こ、子供たちが――!」
鉱夫が堰を切ったように話しはじめる。
その途中。
ライラは食堂を出て、駆けだした。
鉱夫の言葉、ひとつかふたつを胸に抱えて、飛ぶように駆けた。
慌てるライラの後ろに、先ほどの鉱夫が追って付く。
鉱夫の話は衝撃的なものであった。
少年たちが採掘場に着くや、逃げ出したのだという。
「あの子たちに何かしたんですか!?」
駆けながらライラは問い詰めた。
しかし鉱夫が首を横に振る。
「誓って何もしちゃいない! 索道を降りて採掘場に向かっている途中、急に逃げ出したんで!」
「どうして??」
「分からねえんでさ! それまでは普通だったはず。俺たちとも喋っていたし、笑いあってた。本当なんで!」
鉱夫が混乱気味に答えた。
その様子を見る限り、嘘ではないのだろう。
とすれば、なぜ逃げたのか。
働きたくなかったのか。それとも――
「まだ見つかってないのですよね」
「見つかってたら、わざわざフィナ様のところまで来ちゃいないんで。ここへ来たかもしれないと、一縷の望みをかけてきたんでさ」
「私の連れは?」
「子供たちを捜しに。うちのレッサと手分けして」
「私も捜します。連れて行ってくれますか」
「え? で、でも」
ライラの言葉に、鉱夫が戸惑いを見せた。
それは当然だ。
ライラは索道を使ったことがない。
揺れて乗り物酔いをする可能性があるうえ、非常に高いところを行くからだ。
鉱夫たちは皆、索道に乗ろうとしないライラの姿を知っている。
「恐がっている場合じゃないです」
「で、ですね。助かりまさ」
「でも、出来れば腕を掴んでおいてくれると……」
「し、承知!」
鉱夫が頷く。
行っているうちに、索道の昇降口が見えてきた。
別の鉱夫が昇降口で待っていた。
ライラに気付き、手を降っている。
「子供たちは、村へ降りてきてはいないのですよね」
昇降口に着くや、待っていた鉱夫に尋ねた。
「そこは間違いなく」
「では、行きましょう」
ライラは索道へ近付く。
ライラの両脚が、ぶるぶると震えていた。
索道への恐怖だけではない。
一気に駆けたため、ライラの細足が悲鳴をあげているのだ。
(……だから……大丈夫)
ライラは足を叱咤して、なんとか歩く。
索条に吊るされた二人乗りの椅子が見えた。
ガタガタと揺れ、動いている。
ここで躊躇ってはいけない。
ライラは意を決した。
駆けてきた勢いで椅子に座らなければ、絶対に乗れなくなってしまう。
自動で動いている椅子に手をかける。
どすんと、ライラは椅子に腰かけた。
間を置かず、後ろに付いてきていた鉱夫がライラの隣に座る。
そうして、お願いしていた通りライラの腕を掴んでくれた。
「失礼しまさ」
「いえ、宜しくお願いします」
ライラは頷く。
直後。椅子が大きく揺れた。
索条に吊るされた椅子が、地面から離れていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、空を駆けはじめる。
ライラの足が震えた。
足だけでなく、腕も、身体も。もはや疲れているだけだという言い訳もできない。
「ひ、あ……!」
「フィナ様。掴んでるんで。安心して、目を瞑っておいてくださいや」
「そ、そうします」
鉱夫の言う通り、ライラはぎゅっと目を瞑った。
しかし恐怖が和らぐことはない。
むしろ状況が分からない分、さらに恐くなった気がした。
しかし今更、目を開けられない。
ライラは仕方なく、鉱夫の手を掴んだ。
鉱夫がびくりと身体を震わせた。
しかし掃いのけたりはされず、じっとしていてくれた。
(……セクタ)
揺れる椅子の上で、ライラはセクタの顔を思い出す。
昨夜の相談は、このためだったのか。
ブラムが危惧していた通り、村人が魔族だと気付いたのか。
人間にとって、魔族は憎むべき対象だ。
奴隷であった子供たちなら、なおさらだろう。
魔族との戦争によって、孤児となってしまったのだから。
村人の正体を知れば、心穏やかでいられないに決まっている。
(……だけど今は、どうか)
今はとにかく、どうか。
無事でいて欲しいとライラは願うのだった。
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