契約の魔法
「ですがね。私はベルノーに、子供たちを送りたいとは思わない」
「どうしてですか?」
「ベルノーにある孤児を預かる施設が、恐ろしいところだからですよ。あそこは名ばかりの場所だ。子供という存在を商売にして、汚い利益を得ているんです」
そう言ったレッサが、ベルノーにある孤児を預かる施設の実態を語りだした。
そこでは、預かった子供を奴隷商人に売り払う裏口があるという。
それだけではない。
容姿の良い少年少女は、娼館に売られるらしい。
それを聞いて、あり得ないことだと、ライラは思った。
戦地に近いとはいえ、ベルノーは大きな街だ。
悪い噂はすぐに大きくなるし、隠しきれるとは思えない。
「私はベルノーに住んでいたことがあります。そんな話は聞いたことがありません」
「知っているはずがありませんよ。ベルノーの政に携わっている者たちが、代々やっているんです」
吐き捨てるようにレッサが言った。
政に携わる者が汚い仕事を地下深くで行えば、地上は綺麗なものしか見えないだろうと。
奴隷商人のように闇でうごめく者は、地下深くにある甘い汁を外部に漏らすはずがない。
あとは、売られていく者たちが情報を漏らさなければ、地下深くの出来事は存在しないも同然だ。
「それでも隠しきれるでしょうか? それに、どうやってレッサさんはそれを知ったのですか?」
ライラは首を傾げた。
売られていく者たちすべての口を塞ぐなど、無理なのだ。
舌を切り、腕を切らなくては、いつかは明るみに出てしまう。
それほどのことが、なんらかの手段で強力に隠されている。
その強力な隠し蓋を、なぜレッサが開けられたのか。
「魔法ですよ」
レッサが「ひとつ目の疑問の答え」として言った。
「魔法? それって……まさか!?」
「ベルノーに、人間に加担する魔族がいるんです。そいつは契約の魔法を使うとか」
レッサの言葉を聞いて、ライラは息を飲んだ。
次いで、部屋の中にある自分の持ち物へ視線を向ける。
ライラの持つ魔法道具の中に、契約魔法を使うことが出来るものがあった。
それは商人たちがよく使うもので、何故だかさほど高価ではない。
ライラも便利なものだからとして、複数所持していた。
「契約魔法で口を閉ざされているわけですね」
「その通り。それを知っている者はごくわずかです」
そう言ったレッサが、採掘場の管理以外に、人間の都市の諜報活動もしているのだと明かした。
村を存続させるため、あらゆることをしなくてはならないのだという。
しかしそういった水面下の情報は、レッサとごく一部の者しか知らないらしかった。
村の中で顔の広いエイドナも知らないという。
「……レッサさんは、そんなことまで」
「皆で生きるためです」
「……そう、ですか」
「しかし生きるためとはいえ、非道を良しとしたいわけじゃない。だからこそ、エイドナからあなたの話を聞いて、ここへ飛んできたわけです」
レッサが息苦しそうに言った。
エイドナと同じ表情だと、ライラは思った。
非道を良しとしたいわけじゃないと言いつつも、レッサは未だ悩んでいる。
村と子供たちを、今この瞬間も天秤にかけているのだ。
天秤にかけるべきではないと分かっていても、かけざるを得ない。
同じ悩みを何度も繰り返し、苦しんでいる。
(なんだか鏡を見ているみたい)
なんとなく、ライラはそう思った。
ライラもまた、虚ろな悩みを心の内で延々と混ぜつづけている。
どれほど悩んでも解消できないと、分かっているのに。
「……分かりました」
間を置いて、ライラは頷いた。
「とりあえず、ベルノーにあの子たちを送りだしはしません」
「ありがとうございます、フィナ様」
「他の頼り先があるにはあります。このことで、村に迷惑はかけませんよ」
ライラはそう言って、クナドの商会を思い浮かべた。
恩を売っているクナドの大商会なら、もう一度協力させても断りはしないだろう。
するとレッサが、少し困り顔を見せた。
ライラが無理をしていると思ったらしい。
「あいや、申し訳ない。私も他の方法を考えますよ、フィナ様」
「そこまでしなくても良いですよ。これは私が始めてしまったことです」
「いえ、フィナ様。子供たちを歓迎してないとは言いましたけどね。フィナ様ほどのお方が引き取った子供たちは特別だ、とも思ってるんです。きっと村中の者が、秘かにそう思っていますよ」
レッサがライラを見据えて言った。
レッサもまた、ライラから溢れ出た大魔力を誤解した一人らしい。
誰かがあと一押ししたら、崇拝まで始めそうな勢いだ。
ライラは苦笑いする。
しかし今、誤解を取り除こうとは思わなかった。
子供たちの問題が解決するまで、この誤解は利用したほうがいいだろう。
ライラはレッサに手を差し伸べる。
レッサがライラの手を掴み取り、目を輝かせた。
直後になにかを思い出したのか、レッサは赤面して俯くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます