レッサ


少年五人が、ブラムと共に出掛けていく。

宿に残されたライラとペノは、窓から六人を見送った。


少年たちは、ブラムが用意した雑用をこなしているのだという。

もちろん、長時間ではない。

一日に一時間か二時間程度。

それ以外の時間は、ブラムの監視の下で遊ばせているらしい。



「ブラムって、子供が好きなのね」



ぽつりとこぼすと、ペノが愉快そうに頷いた。



「精神年齢が近いんだろうね!」


「そんなこと言ったら怒られますよ」


「そう! だから今言ったんだ!」


「後で伝えておきますから」


「ちょ、ちょ、ちょっと? やめてよー!」



ペノがライラの黒髪を引っ張る。

鬱陶しいと、ライラはペノを掴んで引き離し、ベッドへ放り投げた。



「わっと、と、乱暴だなあ。……ところで、あの話はどうするの?」



ベッドに落ちたペノが、シーツの上でごろごろと転がりつつ言った。

ライラは一瞬首を傾げたが、すぐに思い出して眉根を寄せる。


ペノがいう「あの話」とは、採掘場での雑用の話であった。

力仕事が多少含まれる雑用を募集しているのだという。

その話を持ってきたのはエイドナであった。

鉱夫たちと話し合い、子供でも出来る仕事を作ってくれたらしい。



「村で一番大事な仕事なのに、子供とはいえ人間を立ち入らせることに納得してくれるでしょうか」


「さあねえ? 普通なら反対すると思うけど」


「ですよね……私も一度確認しておかないと」



ライラは顔をしかめ、着替えはじめる。


その最中。

部屋の戸が何度か叩かれた。

宿の主の声も聞こえる。

ライラは着替えて終わってはいなかったが、「鍵はしていませんよ」と戸の向こうにいる者へ伝えた。



「失礼しますよ……と、う、わ! これは本当に失礼しました!」



入ってきた男が、着替えているライラを見て慌て、早々に戸を閉めた。

男のあまりの慌てように、ライラはほんの少し驚く。

着替え終わっていないとはいえ、部屋着程度の姿であったからだ。

この世界ではやはり、ランジェリーのような部屋着ははしたないらしい。

下着ではないのになとライラは眉根を寄せつつ、男が閉めた扉を開けた。



「別にいいですよ。部屋着ですから」


「う、わ! わ! 御冗談を、フィナ様! いつまででも待ちますので、是非支度を済ませてください!」


「そうですか? では少しお待ちください」



そう言ってライラは戸を閉める。

するとベッドで転がっているペノがライラに呆れ顔を見せた。



「三百歳のお婆ちゃんは、羞恥心が無くなってるよねえ」


「そんなことないのになあ……」


「無くなってるよねえ」


「……わかりましたよ。気を付けますから」



ライラは渋い顔をしつつ、鏡に自らの姿を映す。

いつも通りの部屋着姿。

やはり恥ずかしさはない。


そういえばはるか昔、ブラムが嫌がっていたこともあったなとライラは思い出した。

ブラムが慣れてくれたおかげで気楽に生きられているのだと、こういう事態になって実感する。



「もういいですよ。お入りください」



着替え終わってから、ライラは戸の向こうにいる男に声をかけた。

一拍置いて、戸がゆっくりと開く。

そろりと部屋に入ってきた男が、目端でライラの姿を確認してきた。

そうしてから、ようやくほっとして男がライラに挨拶をする。



「大変失礼しました、フィナ様。俺、あ、いえ、私は採掘場を仕切ってるレッサです」



レッサと名乗った男が、深々と礼をした。

レッサの見た目は、ずいぶん若く見えた。人間でいえば、二十代ほどだろう。

しかし魔族なのだ。実際の年齢など分からないなとライラは思った。

若い見た目に反して、千歳を越える魔族もいるのだ。



「フィナです。今日はどういったご用件でしょうか?」


「はは、お話が早い。エイドナが言っていた通りですな」


「エイドナさんが?」


「はい。お若く見えるのに、実にしっかりしていて、時々豪快であると」


「豪快……」


「はは。まあ、先ほどのお姿も豪快といったところ。あ、いや、失礼」



レッサが恥ずかしそうに俯く。

思い出して恥ずかしくなるような姿だったろうかと、ライラは思った。

自分で思うのもなんであるが、ライラは少女のような身体のままだ。あまり魅力的ではない。



「……まあ、そういうことに」



ライラは片眉を上げ、とりあえず話を切った。

レッサもこれ以上余計なことは言わないと、姿勢を正す。



「……ゴホン。話しというのは、あなたの子供たちのことです」



咳払いをして話しはじめたレッサの表情が、途端に硬くなった。

これまでの空気が一変し、肌がひりつく。



「エイドナさんと違って、採掘場では子供たちを歓迎していません」


「……そうでしょうね」


「子供とはいえ、人間です。採掘場だけじゃない、村に人間を長く留めるのは私たちにとって危険です」


「分かります」


「ですが、ね」



レッサが顔をしかめた。

唇を強く結び、両肩に力を込めはじめる。

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