戦災孤児
「ご主人様。次は何をしましょうか」
ブラムが去った後、少年がハキハキとした声で言った。
しかしその目は虚ろのまま。
ライラを見据えてはいるが、ライラを見ているようではない。
「今は特に仕事はありませんよ」
「……そうですか」
「私は少し出掛けます。もし良かったら、一緒に行きませんか?」
「はい、喜んで」
少年が頷き、他の七人も頷いた。
付き添いの仕事だと思ったのかもしれない。
ライラは一瞬眉根を寄せたが、気を取り直し、子供たちと共に食堂へ向かった。
食堂への道中。
ここそこから、ぼそぼそと声が聞こえてきた。
ライラたちを遠巻きにして、村人たちがこそこそと喋っているのだ。
ライラと子供たちの姿を、受け入れがたいものとして見ているのか。
「そりゃあ、そうでしょうよ」
食堂に着くや、エイドナが笑いながら言った。
食堂の仕事はちょうど休憩の時間で、エイドナとエイドナの孫娘がライラたちを迎えてくれた。
「みんな、フィナお嬢さんの行動は立派だと思ってるよ。だけどねえ。村にとっちゃあそうじゃない。私だってね、個人的には何か力になってあげたいけど、村のことを思うとそう簡単にはいかない」
「そう、ですよね……」
「スマンね。責めてるわけじゃないさ」
「いえ、仰る通りです」
ライラは二階の屋内席でお菓子を食べている子供たちに目を向ける。
子供たちから、先ほどまでの虚ろな表情が取り払われていた。
笑い声をあげ、目を輝かせながらお菓子を食べていた。
香茶の代わりに、果実の汁も注文しておいた。
それは仇となっていて、服をべたべたに濡らしてしまった子供もいた。
「まあ、可愛いよねえ。私もお金があれば、フィナお嬢さんと同じことをした気がするよ」
「私は怒りに任せて、勢いで行動してしまっただけで……」
「はは。そいつは素晴らしい怒りだ。知ってるかい? あの子たちは戦災孤児さ」
「え??」
「はは。やっぱり知らなかったんだねえ」
エイドナが目を細める。
エイドナが言うには、ここから西の地域では度々小さな戦争が起こっているらしい。
国境付近ということもあり、戦火を逃れられなかった人々は何の援助もなく死んでいくという。
そこへ付け入るのが奴隷商人だ。
奴隷商人は、生きていて、使えそうな人間を片っ端から連れて行く。
無法地帯となっているからこそ出来る蛮行を尽くしていく。
「あの子たちをこんな目にあわせる戦争はね、私らのせいでもある」
「そんなことは。この村は関係ないじゃないですか」
「そう言ってくれるのは嬉しいが……スマンね。関係あるのさ。こんな地域で、私らが長年生きていけるのはどうしてだと思う?」
そう言って、エイドナは一瞬、子供たちに目を向けた。
声が聞こえないくらいは離れているが、気になったらしい。
話しても問題ないと思ったエイドナが、ライラに向け直した目を細めた。
「戦争をしている私らの同胞が、私らを守ってくれてるからさ。そして私らは人間のふりをして、人間たちの情報を得て、そいつを同胞に渡してるってわけさ」
「……そう、なのですか」
「ああ。中立のふりしたような顔だがね。結局は同胞に加担してる。平和に生きていくために、ほんの少し、手を汚してるんだ」
「……だから、私を責めないと」
「そういうことさ。私らはあの子たちを村に置いておきたくはないけど、鬱陶しいなんてさらさら思っちゃいない。もしかしたら、私らのせいであの子たちの親が死んじまったかもしれないんだからね」
エイドナが息苦しそうに言った。
まるで許しを請うようだと、ライラは思った。
エイドナの傍にいた孫娘も同じ想いなのか、唇を強く結んでいる。
息苦しそうな二人を見て、ライラは小さく息を吐いた。
二人を追い詰めているような気がして、自分まで息苦しくなっていく。
「……ベルノーにはたしか、孤児を預かってくれる施設があります。この村に迷惑をかけないよう、春になったら私がそこに寄付をして、子供たちを預けようと思っています」
「冬季の間は面倒見るってことかい?」
「そのつもりです」
「そうかい……そのほうがいいかもしれないね。私らはせめて、あの子たちがこの村にいる間、嫌な想いをさせないようにしていくよ」
「ありがとうございます」
「力になれなくて、スマンね。……本当に、スマンね」
エイドナが頭を下げた。
いつもは老いを感じさせないエイドナであったが、今だけは違う。
白い肌、白い髪が、枯れ枝のように見えた。
しかしエイドナは少しでもと、村の雑用を紹介してくれた。
いずれも子供でもこなせそうな仕事ばかり。
子供たちの成長に繋がるならばと、苦慮して紹介してくれた。
そのうちのひとつに、食堂の仕事があった。
厨房で野菜を洗ったり、食堂を掃除したりといった簡単な仕事だ。
「ありがとうございます。女の子が三人いますので、お預けしても?」
「構わないよ。一日中面倒は見れないけどね。今みたいに忙しくない時間に連れておいで」
「分かりました」
ライラは頷くと、離れたところでお菓子を食べている子供たちに手を振った。
一人の少年が慌てて駆け寄ってくる。
ライラは「走らなくても良いですよ」と少年の頭を撫でた。
少年は数瞬困り顔を見せたが、小さく頷いた。
「彼女たちをここに連れてきてください。もちろん、お菓子を食べ終わってからで構いませんよ」
「急がなくても良いのですか?」
「もちろん。今は仕事中ではありませんから」
「分かりました、ご主人様」
少年がもう一度頷き、お菓子を食べていた席へ戻っていく。
そうして三人の少女に一言二言何かを伝えた。
少女たちが硬い表情になって、ちらりとライラのほうを見る。
ライラはにこりと微笑むと、少女たちの表情がほんの少し柔らかくなった。
少女たちがお菓子を食べ終えた後、ライラはエイドナに少女たちを紹介した。
たどたどしく挨拶をする少女たちに、エイドナが微笑みかける。
エイドナは子供の相手をするのが慣れているのか。
彼女が少女たちと仲良くなるのに時間はかからなかった。
「じゃあ、明日からお願いしようかねえ」
エイドナが言うと、少女たちは元気よく頷くのだった。
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