凡人の繰り出す極大魔法


村人が教えてくれた空き家は、確かにボロボロであった。

屋根や壁に大穴が開き、床がところどころ腐っていた。


ライラは空き家を直すため、男たちを十人ほど雇った。

雇われた男たちは皆、食堂の増改築に携わった者ばかりであった。

あのころは面倒臭そうにしている者もいたが、今は違う。

誰も彼も、ライラに敬意を払い、喜んで仕事をしてくれた。



「私から漏れ出た魔力って、そんなに酷かった?」



村人の変化に慣れないライラは、首を傾げる。

ブラムが苦笑いし、「当然だ」と言い切った。



「極大魔法級の魔力だったからな。そんな魔力を扱える魔族はほとんどいねえ。いたらとっくに戦争が終わってら」


「そんなに??」


「そんなにだ。伝説になるほどのことだぞ。しかもお前は一日寝ちまう程度で済むがよ、極大魔法を使った奴は数年動けなくなるって聞くぜ」



ブラムが呆れ顔で言う。

ライラは小さく唸り声を上げた。

極大魔法級であることは以前に聞いていたが、それほどのことだとは知らなかったからだ。


これまで通りの、自らの軽率な行動にライラは項垂れる。

いったいいつになれば、反省しなくてもいい人間になれるのだろうか。


しかしライラとブラムとは違い、ペノは喜んでいた。

ライラが反省する事態になるたび、非常に愉快と言わんばかりに笑いだす。



「いやあ、飽きないねえ! ライラが凡人だから、ボクは楽しくて仕方ないよ!」


「……はいはい、そうですよね。私以外の人ならきっと、こういった力を使って世界を救いそうですからね」


「そうとも! ライラは基本私利私欲だし、勢いで行動するし、たまに良いことすると地味なトラブルを引き起こすし。いやあ、まったく、完璧だねえ!」


「馬鹿にし過ぎでは……」


「今のは褒めたんだよ?」


「……えええ」



ライラは再び項垂れる。

それを見て、ペノが転げ回って笑った。

傍で聞いていたブラムも、口元を緩ませている。



「ああ、もう、この話はもういいです」



ライラは無理やりに話しを変え、木窓から宿の外へ目を向けた。

宿の外には、八人の子供たちがいた。

それぞれ箒などを持ち、宿の周辺の清掃をしている。


ライラとしては、子供たちを今すぐに自由にしてあげたかった。

しかしブラムがそれを許さなかった。

魔族とは違い、十歳に満たない人間の子供が誰にも頼らず生きていけるはずがないからだ。

少なくともあと五年、一人前に仕事が出来るまで誰かが面倒を見るべきだとブラムが言った。



「ユナのときみたいに、商会に行かせりゃあいいんじゃねえか?」


「それは最後の手段です。ユナのときはゼイメルケルの保護も必要でしたし、他に方法が思いつかなかったので」


「じゃあ、俺たちに付いてこさせるのか? 八人も?」



ブラムが両手のひらをライラに向けた。

わざわざ言われなくても、ライラも分かっている。

勢いで子供たちを解放してしまったが、今後どうやって面倒見るかまでは考えていなかった。

さすがに自分たちの旅へ同行させられるほど、ライラの器は大きくない。

ペノの言う通り、ライラは英雄でも聖人でもない、凡人なのだ。



「少し考えます。残った金貨のこともありますから」


「だな。どうすんだこれ、数えるのも面倒くせえ」



部屋の端に置かれた三つの壺を見て、ブラムが顔をしかめた。

いずれの壺も金貨が満杯である。

奴隷商人から子供たちを買うときに現れた金貨なのだが、多すぎたのだ。

その中から奴隷商人にいくらのか金貨を渡したが、残った金貨はいつまで経っても消えなかった。


もしかすると「お金に困らない力」が暴走したのでは?


ライラとブラムはそう考えた。

この三百年の間で、最も多い金貨を出したのだ。

暴走したとしても、不思議とは思わない。


念のためペノに確認したところ、「そうかもねえ!」と適当に答えられた。

まったく興味がないらしい。



「とりあえず今日は、エイドナさんのところへ行ってきます。あの人なら、子供たちのことでなにか良い考えを持ってるかも」


「かもな。俺も考えてみらあ」



ライラが部屋を出ると同時に、ブラムも立ち上がる。

一拍遅れて、ペノがライラに駆け寄り、ライラの肩にとんと乗った。


宿を出ると、掃除をしていた子供たちがライラの傍へ駆け寄ってきた。

身体の大きいブラムのことは怖いらしく、誰ひとりブラムの傍へは行かない。

ブラムが苦笑いして通りすぎる。

「先に行ってるぞ」と言って立ち去るブラムに、ライラは小さく手を振った。

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