暴走する金貨


子供は全部で八人いた。

少年五人、少女三人。

いずれも十歳に満たないであろう。

虚ろな目で、誰とも目を合わさず、宙を見つめている。


ライラは強く唇を結び、奴隷商人を見据えた。



「その子たちを買います」



言うと、奴隷商人の瞳が怪しく光った。

やったと喜ぶ目ではなく、当然そうだろうとほくそ笑む目だ。



「どの子を買っていただけますかな? 私といたしましては、この子なんかどうかと――」


「全員です」


「……なんと!」


「全員連れてきてください」


「ほほう、喜んで!」



奴隷商人がわざとらしく両手をあげ、喜んだ。

その仕草と声が、ライラを苛立たせる。

感情が表情に出ないように努めたが、少しは滲み出たらしい。

ライラの様子を見ていた村人のひとりが、ごくりと生唾を飲み込んだ。


ライラはそっと、持っていた袋に手を入れる。

子供奴隷を一人一人見ながら、「お金に困らない力」を使おうとした。


直後。

周囲の空気が一変した。


村人がざわめきはじめる。

遠くで、「何が起こったんだ」と叫ぶ声が聞こえた。



「おい、待て!」



不意に、ブラムがライラの手を掴んだ。



「う、わ! な、なんですか!?」


「待て、まだ何もするな。こっちへ来い!」


「な、なに!? え、ちょ、と、え、ま、待って!」



慌てるライラをよそに、ブラムがライラの手を掴んだまま引きずっていく。

何事かと驚き呆ける奴隷商人と、ざわめきつづける村人をその場に置いて。

そうして村の入り口からやや離れた場所まで行った。

ようやくライラの手を離したブラムが、ライラを睨んだ。



「お前、何をしようとしたんだ!」


「子供たちを買ってもいいって、ブラムが言ったんじゃない!」


「本当にそれだけか??」


「それだけです!」


「……それだけ、か。……マジかよ。とんでもねえことになったな」



ブラムが眉根を寄せ、村の入り口へ目を向ける。

未だざわめいている村人たちが、ライラたちのほうへ目を向けていた。


理解が追い付いていないライラは、ブラムの服の端を引っ張る。

いったい何があって、こんなことをしたのか。

子供の奴隷たちを置いたまま、逃げてきてしまったような気がした。



「ライラ。そっちの家の端へ寄れ」


「え?」


「いいから言う通りにしろ」


「わ、わかった。けど、なに? どういうこと?」


「すぐに分からあ。そこにある空いた壺に手を突っ込んどけ」


「……? この壺?」


「そうだ。手を突っ込んでから、そのでたらめな力を使うんだ。いいな?」



ブラムがライラに細かく指示していく。

ライラは何ひとつ納得いってなかったが、とりあえずブラムの言う通りにした。

納得できなくとも、ブラムが考え無しに乱暴なことを言っているとは思わないからだ。



「入れましたよ」


「よし。じゃあ、金貨を出せ。あの子供たちを思い出しながらな」


「わかりました」



ライラは頷き、子供たちの顔を思い出す。

すると手のひらから金貨が溢れ出てきた。

「お金に困らない力」が発動し、空き壺を金貨で満たしていく。


しかしいつまで経っても、ライラの手から止まることなく金貨が溢れつづけた。

すでに数百枚は出ている。

奴隷商人が村人たちに伝えていた奴隷全員の金額など、とうに超えていた。


壺が金貨で満ちる前に、ブラムが別の空き壺を用意する。

入り口にいる村人には見えないよう、気を付けながら。


そうしてついに、三つの壺に金貨が満ちた。

どれほどの金貨がライラの手から出てきたのか。見当もつかない。



「……これって、いったい」


「知らねえよ。お前の力だろ」


「力が暴走したのでしょうか……」


「かもな。だが、今更どうしようもねえ。商人には気付かれてないだろうが、この村の連中にはお前の異常さがバレただろうぜ」



ブラムが目を細め、辺りを見回す。

幾人かの目が、ライラとブラムに向けられていた。

ライラの日頃の訓練程度では抑えきれない魔力が溢れでたのだろう。

かつてペノが言っていた、極大魔法級の魔力が周囲を冒したのかもしれない。



「やっちまったもんは仕方ねえ」



呆けるライラに、ブラムが声をかけた。

壺に満ちた金貨をいくらかライラに手渡し、商人のところへ戻るように促してくる。

ライラははっとして、ブラムから金貨受け取った。

これ以上商人を待たせては、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。



「い、行ってきます」


「行ってこい。俺はこの金貨を隠す。お前に今渡した金貨で、子供たちは買えるだろう?」


「十分のはずです」


「よし。さっさと行け。怪しまれんじゃねえぞ」



ブラムの声をに押し出され、ライラは奴隷商人の傍へ戻る。

訝しんでいる奴隷商人が、ライラをじろじろと見回した。

もしかしてお金がないのではと疑っているような目だ。


ライラはブラムに手渡された金貨を奴隷商人に見せた。

途端。商人の表情が明るくなる。

疑っていたなどとんでもないと言わんばかりに、ライラを褒めたたえはじめた。



「これで子供たちを渡してくれますね」


「もちろんでございます、お嬢様。またの機会を――」


「またの機会はないと思います。私も、村人も、あなたを歓迎しないと思いますが」


「は、はっは! 左様ですございますか。それは失礼」



奴隷商人がライラから金貨を受け取り、数歩退く。

ライラの態度を見た村人たちが、ライラの代わりに商人を追い払った。


ライラは残された子供たちの傍へ行く。

奴隷商人が去っていっても、子供たちの目は虚ろなままであった。

ライラが声をかけると、一人の少年がライラに目を向けた。

しかし目を向けただけで、ライラを見ているようではない。



「あなたたち、一度私が泊まっている宿へ行きましょう」


「……はい」


「枷を外しますから、じっとしていてくださいね」


「……はい」



少年が淡々と答える。

その声の虚ろに、ライラはぞくりとした。

この子供たちは、なにもかもを諦めているのだ。

奴隷商人からライラの手に渡っても、何かが変わることを期待していないのだろう。


ライラは唇を噛みつつ、子供たちの枷を外していった。

枷を外しても、子供たちがその場から動くことはなかった。



「この村には空き家があるでしょうか?」



すべての枷を外した後、ライラは村人に聞いて回った。

村人たちは揃って首を傾げたが、やがて察して幾つかの空き家を教えてくれた。



「この子達が皆揃って暮らせる空き家は、ひとつしかありませんが……」


「何か問題がありますか?」


「ずいぶん前に使わなくなったので、ボロボロです。フィナ様は、その……冬季しかこの村にいない予定ですよね? わざわざ直すには勿体ないかと」


「構いません。案内してもらっても?」



ライラは迷うことなく答えた。

そんなライラを、村人たちは丁寧に扱った。

これまで「お嬢さん」と呼んでくれていたのに、誰も彼も「フィナ様」と呼んでくる。

さきほど「お金に困らない力」を使ったことで漏れ出た膨大な魔力が、村人の態度を変えさせてしまったらしい。



「ね? 面白いことになったでしょ?」



ライラの肩で、ペノが囁いた。

愉快そうに両耳を揺らしている。


なるほど確かにペノの退屈が紛らわせそうだと、ライラは心の内でため息を吐くのだった。

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