後悔するな。中途半端でも。


「さあて、どうするんだい?」



耳元で、ペノが囁いた。

奴隷商人と同じくらい腹立たしい声だと、ライラは一瞬思う。



(どうするって?)



苛立ちながらも、ライラは冷静に考えようと努めた。

とはいえ、何も思いつかない。

三百年生きてきて、奴隷の存在を目の当たりにしたことがなかったからだ。


追い払うべきなのか。

二度とこんな商売ができないよう、あらゆる手を使って追い詰めるべきなのか。

それとも、子供たちを買うべきなのか――



「やめとけよ」



ライラの背に、ブラムの声が触れた。

ライラは驚き、振り返る。



「やめとけ、“お嬢様”」


「どうしてここに……、いえ、それより何故そんなこと言うの?」


「分からねえか?」



ブラムが目を細め、ライラに近寄った。

ライラは一瞬どきりとして、半歩退く。

しかしそれを許さないとばかりに、ブラムが詰め寄った。



「目を付けられてもいいのかよ? お前のためだけじゃねえ。この村もだ」


「だけど」


「もっと分かりやすく言ってやろうか?」


「……な、なんですか」


「中途半端なことすんじゃねえ」



睨むようにしてブラムが言う。

あえて言葉にされずとも分かっていたことに、ライラは胸が痛んだ。


ライラは英雄でも、聖人でもない。

凡庸で、俗っぽい人間だ。

今は、お金に余裕があるから人助けのようなことが出来る。

しかし人助けをすることでお金が無くなると言われたら?

ライラははっきりと、ならば人助けなどしないと言い切れる自信があった。


ライラの凡庸さを、ブラムは理解している。

だからこそ、こういったときは必ず忠告しに来るのだ。



「……だけど、出来ることを出来る範囲でやれって、言ったじゃないですか」


「へえ。やるべきって思ったのかよ。中途半端でも」


「そうしたいです」


「行動した後のことは、ちゃんと考えてんのかよ?」


「……考えてない」


「だろうな」



ブラムがため息を吐いた。

その息の冷たさが、ライラの胸をえぐる。



「……まあ、いい」



(……え?)



「……え?」



長い間を置いて、ライラは首を傾げた。

「まあ、いい」って、どういうことだろう?

いい、とは。

良い、ということなのか。



「……え、っと」


「良いって言ったんだよ。好きにしろ」


「え、でも」


「ここで辞めちまったら、お前はしばらく後悔するだろうがよ。中途半端なくせに、後悔だけは三人分ぐらいしやがるからな」


「そう、だけど」


「じゃあ、やれ」


「……いいの?」



ライラは首を傾げながら言う。

するとブラムの手がライラの頭にドスンと乗った。

押さえつけるように、重く、ライラの頭を撫でてくる。

フード越しでも、少し痛い。



「出来る範囲で俺も面倒見てやる」


「見てくれるの?」


「間違えんじゃねえぞ。俺が面倒見るのはお前だけだ。今まで通りだ。それ以上はやらねえ」



ライラの頭の上に乗るブラムの手が、少し軽くなった。

軽くなった分、頭を撫でる手が少し速く動く。

ライラの細い髪の毛が、フードの内で乱れた。

いくらか何かに引っ掛かり、痛い。



「や、ちょ、い、いたっ、も、もう!」



ライラは小さく悲鳴をあげ、ブラムの手を掴んだ。

手を掴まれたブラムが、片眉を上げてくる。

仕方ねえなと言わんばかりの表情だ。



「痛い……けど、ありがとう」



ライラは小さな声で礼を言う。

手を掴まれたままのブラムが、唇の端を持ちあげた。



「とっととやることやってこい」


「うん」



ブラムの手を離し、ライラは奴隷商人の傍へ行く。

そして商人の奥にいる子供たちへ目を向けた。

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