奴隷商人


買い物の最中、妙な行商人が来ていると耳に届いた。

次の香茶を頼んでからたいして時間が経っていないのにと、ライラは首を傾げる。

しかし今来ている妙な行商人は、ライラが知っている行商人ではなかった。



「奴隷商人??」



村の入り口へ寄り道したライラは、つい大声をあげた。

ライラにそのことを教えた村人が、慌ててライラの口を押える。



「……そ、それって、あの奴隷ですか」


「……他にどんな奴隷があるんだい?」


「……ですよね」



ライラは顔をしかめ、村の入り口に目を向けた。

奴隷商人らしき者の姿は見えないが、大きな馬車が目に映る。

馬車の荷台は大きな箱となっていて、窓などは無かった。

あの中に奴隷がいるのかと、ライラはぞっとする。



「……この村では、奴隷を買ったりするのですか?」


「まさか! フィナお嬢さんも知ってのとおり、俺たちは奴隷であっても人間と長く関わるつもりはねえさ」


「私も……人間なのですけどね」


「この村の宿に着くなり魔力を使ったって噂のお嬢さんは、どっちかっていえば俺たち側だろ?」


「そう、ですね……」



ライラは唇を結び、頷く。

人間でいたくても、人間ではなく。

だからと言って魔族にもなれない。

自分はいったい何者なのだと、ライラは息苦しくなる。


直後、とんと。

ライラの肩になにかが触れた。

振り返る。

ペノがライラの肩に手をかけていた。

魔法の力を使っているのか、ライラの肩に乗っているようで、微かに身体を浮かせている。



「ペノ?」


「やあ。面白そうなことが起こりそうだと思ってね。見に来たんだ」


「奴隷商人のことですか? 面白いとは思えませんが……」


「さあて、どうだろうねえ」


「……? どういう……?」



ペノの言葉に、ライラは首を傾げる。

しかしペノはそれ以上語ることなく、ライラの肩の上に身体を預けた。


周囲が徐々に騒々しくなる。

村の入り口を見張る村人と、奴隷商人が言い争っているらしい。

見かねた別の村人たちも加わったことで、村の入り口は大騒ぎとなった。



「ずいぶん強引な商人さんみたいですね……」


「らしいねえ。とっとと売り払いたいんだろうねえ」


「早く売りたい理由が?」


「身に行ってみれば分かるよ」



ペノが笑うように言った。

ライラはますます首を傾げる。

仕方ないと、ライラは村の入り口へ足を進めた。

途中、村人のひとりがライラを止めたが、ライラは構わず進んでいった。


念のため、ライラはフードを目深に被っておいた。

奴隷商人が人間であることは間違いない。

人間の商人ならば、どこかの街でライラを見たことがあるかもしれない。



「おや」



聞き慣れない声が、村の入り口から届いてきた。

顔を見なくとも、奴隷商人の声なのだとライラは気付く。

思い込みもあってか、奴隷商人の声がひどく醜悪に聞こえた。



「お貴族様がいらっしゃるようで!」


「……私のことでしょうか」


「左様でございます、お嬢様!」



擦り寄るような声。

ライラはぞくりとしたが、耐えた。

ライラの肩でペノが笑うように震えていなければ、耐えられなかったかもしれない。


ライラはほんの少し顔を上げた。

フードの端から、奴隷商人を見ようとする。


想像通りというべきか。

奴隷商人の顔は醜悪であった。

顔というより、表情が醜い。

性格が顔に現れるとは、こういったことを指すのだろう。


奴隷商人の奥に、奴隷らしき人間の姿も見えた。

それを見た瞬間。ライラは怒りに満ち、目を見開いた。



「……奴隷というのは、その子供たちですか?」


「左様でございます、お嬢様!」


「子供だけのようですが」


「はっは。奴隷というものは子供ばかりですぞ。よく覚え、よく働きますからな」



醜悪な顔が揺れた。

笑っているのだと思うと、ライラはその顔を引っぱたきたくなった。

しかし、ぐっと抑える。

「行ってみれば分かる」と言った、ペノの言葉。

こういうことだったのだと、ライラは唇を噛み締めた。

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