ヴェノスレス高山

クラッツ青石。

ヴェノスレス高山で採れる、鉱石のひとつだ。


クラッツ青石を製錬すると、クラッツと呼ばれる軽量金属が生まれる。

加工しやすいこともあり、ユフベロニア地方だけでなく、エルオーランド全域で広く使われている。

残念なことに、現在は戦争需要のため防具の素材として取引されることが多い。



「なのにどうして、ガラッド村はあまり栄えてないのでしょう?」



ライラは首を傾げた。

本来ならもう少し羽振りが良くてもいいはずなのだ。



「儲けようと思ってないんだろ」



ブラムが呆れ顔で言った。



「どうしてです?」


「魔族の村だぞ、ここは。大量に掘って儲けが多くなっちまったら、人間たちが押し寄せてくるかもしれねえだろ。採掘量が少ないふりをしてんだよ」


「でも、いつかは気付かれてしまうのでは」


「気付かれやしねえよ。都合の良いことに、ヴェノスレス高山は険しすぎて人間があまり近付かねえ。山の上には強い魔物がいるし、南東部にはジカの森が広がってるからな。しかもウォーレンとの国境にあるからよ。お互い遠慮して大々的な調査はやらねえってわけだ」



ブラムがそう言って、窓の外を見る。

聳え立つ、ヴェノスレス高山。

ここからは見えないが、もう少し山を登っていくと村人たちが働く採掘場があるのだという。

そこは魔物が来ないギリギリの場所であるらしい。

採掘作業時間を短くして、魔物を刺激しないようにしていると聞いたことがあった。



「貧しさを受け入れて、生きているのですね」


「仕方がねえ。魔族はこそこそ生きるしかねえのさ」



ブラムが自虐的に言う。

今のところ、魔族の未来は明るくない。

遥か北西の地方では魔族だけが住む地域もあると聞くが、それも噂程度。

ほとんどの魔族が、こっそり生きている。


人間よりも強いはずの魔族が戦争で勝てない原因は、多くあった。

最も大きな問題は、繁殖力が低いこと。

長命であるゆえに、子を作らず、子を作っても育てない者が多い。

魔族は生まれてすぐ喋ることができ、すぐに大人になってしまうからだ。


家族の概念がない魔族は、群れにならず、増えない。

ガラッド村は魔族にとって特殊に過ぎる集団なのだ。



「私に出来ることがあればいいのですが」


「ねえな。お前が考え無しに大金を落とせば、外の人間の目がこの村に向くかもしれねえ。食堂の一件だけで終わらせたほうがいいぜ」


「私にはこれしかないのに」



ライラは自らの手のひらを見て、ため息を吐いた。

それを見たブラムが、陰気を笑い飛ばす。



「こういう時でもポンコツになれるってことが分かって良かったじゃねえか」


「……な!?」


「落ち込む気力があるなら、買い物でも行ってこいよ」


「え!? ちょ、ちょっと!?」



ライラは声を上げたが、力の強いブラムには敵わなかった。

買い物かごを渡され、ライラは宿屋から外へ追い出される。

「強引すぎます」とライラは怒鳴ったが、ブラムの返事はなかった。


ブラムのこういった乱暴な気の使いようが、ライラは苦手であった。

気分転換に行ってこいという意味なのだろうが、苛立つだけなのだ。

まあ、鬱々とするよりは苛立つほうがいいのかもしれないが。



「相変わらず仲良しね」



追い出されるライラの様子を見ていた村人が、小さく笑った。

ガラッド村の皆はライラとブラムのことを、一線を超えた令嬢と従者として見ているらしい。

ある意味間違ってはいないが、とんでもない誤解だとライラは思った。

しかし否定すると、村人はかえってその誤解を深めていくのだ。



「本当に、そういうのではないですから」


「ふふ。分かってるわよ。そういうことにしておくわ」


「いえ、だから、本当に……」



部屋から追い出されたというのに、なぜ誤解が深まってしまうのか。

納得がいかないライラは、顔をしかめながら買い出しに行くのだった。

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