放浪編 契約の魔法

内と外


暖炉で、火が跳ねる。

カップの縁に、赤や黄色が震えて映る。

賑やかに見えて、どこか寂し気だと、ライラは思った。


そこはガラッド村の食堂の二階。

一仕事終えた女たちが暖炉の周りに集まっていた。

ライラの目論見通り、女たちは「良い場所が出来たねえ」と談笑している。



「フィナさん、今日も冷えるねえ」



女が一人、ライラに声をかけてきた。

ライラは頷き、「そうですね」と答える。


ガラッド村に滞在して、三十日。

村の女たちは、ライラを大いに受け入れてくれた。

ライラが食堂に来ない日は、わざわざ宿屋へ迎えに来るほどだ。



「二階へ上がってくる路が外階段だけっていうのが、ホントに良いよ。一階の男どもと顔を合わさずに済むからねえ」


「気に入っていただけてなによりです」


「ああ、でも。フィナさんの連れは別だよ。あんな良い男、なかなかいやしない。彼だけは時々連れてきておくれよ」


「そうですね。でも、彼は女性に不慣れなので……来てくれるかどうか」


「フィナさんみたいに可愛らしい女性とずっと一緒にいるのに、不慣れだって? そいつは、ふふ。とっても良いねえ」



女が愉快そうに笑う。

彼女の友人らしい数人の女たちも嬉しそうに笑った。

顔立ちの良いブラムは、やはりこの村でも評判がいい。

ブラムの口の悪さを知っているライラからすれば、同意できないことだが。


ライラは愛想笑いして、香茶を一口飲んだ。

花の香りと、蜜の味が口の中に広がっていく。

最近のお気に入りの香茶だ。

あまりに気に入ったため、例の行商人には大量に仕入れてきて欲しいと頼んでおいた。


ふと、窓の外を見る。

屋外の席には誰も座っていなかった。

冬の寒さが厳しくなってきたからだ。

見晴らしが良いとしても、寒さを我慢してお茶を飲む者はいない。

たった一匹を除いては。



「あのウサギちゃんは寒くないのかしらね。というより、ウサギってお茶を飲めるのね?」



愉快そうに笑っていた女が、窓の外を見て首を傾げた。

それに関してはライラも同意できた。

たった一匹でぽつりと、屋外席でカップの中の香茶をペロペロと舐めているペノ。

不思議に思われて当然の光景だ。



「寒くないの?」



食堂からの帰り道、肩の上で丸くなるペノにライラは尋ねた。

ペノがぶるりと震えて、小さく笑う。



「寒いよ? でも魔法をかけてるから、その間だけは平気なんだよねえ!」


「ウサギの姿で魔法なんて使ったら、魔族のみんなに気付かれてしまいますよ」


「はっは! ボクを誰だと思ってるの? そんなヘマするわけないでしょ?」


「……そういえば、そうですね」



ライラはほっと胸を撫でおろす。

時々忘れてしまうが、ペノは神様のような存在なのだ。

魔法が使えるのは当然のこと、大精霊と名乗るロジーよりも高位な存在であるらしい。

ロジーがペノに恭しい態度を取っている様子を目撃した時は、声も出せないほど驚いたものだ。

それほどの存在であるペノが、魔法を使ったところで魔力を漏らすはずがない。


ライラの心配を察し、ペノが両耳を揺らした。

ふわふわの柔らかい毛が、ライラの頬をくすぐった。



「いやあ、でも。香茶は惜しいことをしたね」



ペノが寒空を見上げていった。



「どういうことですか?」


「ウォーレンでのことさ。香茶はライラが作ったようなものなんだよ?」


「そうでしょうか。いつの間にか流行っていた気がします」


「本当にそう思っているところが、惜しいよねえ」



ペノの片耳が垂れる。

残念がっているのか、揶揄っているのか。ライラには判別できない仕草だ。


しかし実際のところ、この世界に香茶を登場させる機会を作ったのはライラであった。

ウォーレンに住んでいたころ、ライラがお茶に果実の汁を足して飲んでいたのが始まりだ。

その様子を見ていたウォーレンの茶の職人が、ライラに相談を持ち掛けた。

ライラは何の躊躇もなく、茶に合う果実だけでなく、花の香りまですべて教えた。

すると茶の職人はそれらをすべて商品化し、大儲けさせた。


ライラはそのことに何の関心もなく、いつの間にか香茶が流行ったとだけ思っていた。



「まあ、その辺がライラの良いところでもあるよね」


「何の話です??」


「なーんでも?」


「なんだか馬鹿にされてる気がするなあ」



ライラは頬を膨らませる。

それを見たペノが愉快そうに笑った。

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