香りの向こう側で

食堂の増改築をはじめて、十四日。

ついに増改築の工事が終わった。

予定より長くなったのは、ライラが注文を加えたためだ。

雇われた男たちはライラの注文に多少うんざりした様子であったが、なんとか最後まで仕事をしてくれた。



「どうでしょうか、エイドナさん」



ライラはエイドナを呼び、新しい食堂を見せた。

新しい食堂は、これまでの食堂の壁の一部を取り壊し、繋げていた。

エイドナの要望通り、新しい食堂は旧食堂と同じ造りになっていた。

行き来しても雰囲気が変わらないようにするためだ。



「やあ、これはなかなか。いいじゃないかねえ!」


「ありがとうございます」


「思っていた以上に早かったし、造りも良いねえ」


「個人的な理由で、急がせました」


「ほう。個人的な理由だって? なんだい、それは」



エイドナが首を傾げる。

ライラはにこりと笑い、食堂の外へエイドナを招いた。


食堂の外には、二階へ上がるための階段が取り付けられていた。

その階段は当初の予定にはなく、ライラが後から注文したものであった。

二階へ上がると、そこには屋外で飲食が出来るようテーブルと椅子が置かれていた。

大きな植木鉢も多数並べられていて、それぞれに草花が植えられている。



「これはなかなか。庭園みたいじゃないか」


「ここは以前お話した、女性が集まれる場所です。屋内でも飲食できるよう、屋根のある通常の食堂も造ってあります」


「こいつはいいねえ。どれ、屋内も見てみようじゃないか」



エイドナが満面の笑みで進んでいく。

二階の食度は、一階の食堂とは雰囲気が違っていた。

全面の壁に白の壁紙が貼られ、明るさを感じる。

床面も木のタイルが丁寧に嵌めこまれていて、上品な空気が佇んでいた。



「確かにこれは、女たち喜ぶ場所だねえ」


「ありがとうございます。こちらでは、私が長期の契約で雇った女性の店員がいます。せっかくですから、あのお茶を飲んでみませんか?」



ライラはそう言って、カウンターの奥に控えていた女性に声をかけた。

女性が小さく頭を下げ、茶を淹れる準備をはじめる。

その様子を確かめ、ライラはもう一度屋外の席へエイドナを誘った。



「エイドナさん。こちらの席でお待ちください」


「ほう、スマンね」



ライラが曳いた椅子に、エイドナが座る。

エイドナが大きく頷き、二階から見える景色に目を向けた。


ライラが用意した二階は、他の建物よりもやや高く造っておいた。

おかげで見晴らしが良いうえに、聳え立つヴェノスレス高山が一風変わって見える。



「視点が変わるとずいぶん違うものだねえ」



エイドナが喜び、もう一度大きく頷いた。

ライラも同意し、ヴェノスレス高山を見上げる。



「視点を変えなくてはと、私も思ったのです」



ライラはエイドナに答えつつも、自らの心の内にぽつりとこぼした。


いつもと違う景色を見て、見慣れたものを見直す。

同じものを見て、同じ悩みばかり考えていないかどうか。

これまで何をして、これから何をするべきか。


今すぐになにかを変えられるとは思っていない。

しかし、ほんの少しでも、何かが変わってくれないかと。

ブラムの大きな手の感触を思い出しつつ、ほんの少しだけ、ライラは思ったのだった。



「視点はこれまでも、これからも違っていくさ。この私が言うんだもの。間違いないよ、フィナお嬢さん」


「そう信じます」


「そうとも。信じておくれ。あんたがあたしを信じさせてくれたんだから」


「そう、ですか?」



エイドナの言葉に、ライラは首を傾げる。

エイドナが、済んだ瞳でライラを見据えていた。

ライラを見ているようで、別のなにかを見ているようでもある。

どういう意味なのだろう。尋ねようとした瞬間、ライラの隣から声が鳴った。



「香茶をお持ちしました」



ライラが雇った女性の店員が、ふたつのカップを持ってお辞儀をした。

次いでカップをテーブルに置いていく。

カップは高価な茶器ではなかったが、それなりのものをライラが揃えておいた。

カップに、金色に輝くお茶。華やかな香りが立ち上がっている。



「さあ、試してみようかね、フィナお嬢さん」



エイドナがカップを手に取る。

ライラはエイドナに引っ張られるようにして、カップを手に取った。



鼻腔を吹き抜けていく、花の香り。

手に持つカップの向こうに、エイドナと、鉢に植えられた白い草花。

山の青。

今日だけは、ほんの少し暖かい空気。


ライラは何かを思い出そうとしながら、香茶を飲んだ。

ふわりとした独特の味。

全身に優しい空気が流れ込んだように感じる。


目を瞑ると、エイドナの笑い声が聞こえた。

少女のような笑い声だなと、ライラは思うのだった。

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