運を分け与え

食堂の外に出ると、男たちの掛け声が聞こえた。

増改築が順調に進んでいて、外観はほとんど完成している。


増築部は、元の食堂の倍以上の広さがあった。

ライラはちょっと広すぎたかなと思ったが、エイドナはこれでいいと言ってくれていた。

現状、客が肩を寄せ合って食事をしているからだ。

これだけ広ければ、ゆっくりと食事ができ、身体も休められるだろう。



「フィナさん」



設計の出来る男が声をかけてきた。

ライラは男へ振り返り、予定より早く進めてくれていることに礼を言う。



「何のこれしき。むしろこういう機会を与えてくれて、感謝してますよ」


「それは良かったです」


「ところで、例の行商人が村に来ている聞きました。会いに行かれては」


「本当ですか? ありがとうございます、教えてくれて」



ライラは再び礼を言い、男が指差したほうへ歩いていった。

そこはガラッド村の外れであった。

ガラッド村は、行商人を村の奥へ入れない決まりがあるという。

旅人はともかく、何度も訪れる行商人であれば、村人が魔族であることに気付くかもしれないからだ。


村の外れに、ひとりの行商人と、ふたりの村人の姿が見えた。

行商人が自らの商品を見せ、宣伝をしているらしい。

対してふたりの村人は、あまり興味がないのか、欠伸をしていた。



「少し良いですか」



ライラはふたりの村人の後ろから首を伸ばした。

驚いたふたりが、さっとライラの道を空ける。



「私にも商品を見せてもらえますか?」


「フィナお嬢さん、こいつは何度も来るくせにあまりいい品を持ってこないんでさ。今追い返そうとしてたところでして」


「そうなのですか?」



ライラは行商人が見せている商品をいくつか手に取った。

それらはみな、嗜好品であった。

煙草や、酒豆と呼ばれるお菓子、どれもユフベロニア北東部でよく売れているものばかりだ。

ライラの目当てである香茶の茶葉も、いくらかあった。



「こういったものは西部では好まれないのですよ、商人さん」


「……そう、なのですか。勉強不足でして」


「ですけど、私にとっては都合が良かったです。その茶葉だけは私が買い取ります。全部」


「え?」


「全部買います」



ライラはそう言って、持ち歩いている袋の中に手を入れた。

「お金に困らない力」で金貨を生みだす。

すると、想定した以上の金貨が手のひらから出てきた。

ライラは慌てて、袋を持つ手に力を込める。

どうやらこの商人は、高級な茶葉ばかり持ってきたらしい。

こんな高いもの、小さな村で売れるはずがないのだが。



「商人さん」


「は、はい」


「冬季の間だけ、私が茶葉を買います。他にも珍しい茶葉があればまた持ってきてください」


「ほ、本当ですか!」


「冬季だけですよ。あと、これに合う菓子もお願いします。……あ、でも、酒豆入りませんよ。酒豆が好きな人は本物の貴族様だけです」



ライラは注文しながら、酒豆を指差した。


酒豆というのは、幻覚を見せるお菓子であった。

貴族たちの間で流行っており、非常に高く売れるという。

しかし依存性があるとのことで、危険視している地域もあった。

取り扱っている商人を捕まえて、投獄することもあるらしい。



「そうだったのか……どうりで売れないわけだ」



商人が頭を掻きながら、項垂れた。

商才がないらしいと自嘲しながら、荷台の奥から茶葉を取りだしてくる。

ライラは「そんなことないですよ」と言って、金貨の詰まった袋を商人に手渡した。

商才がないからこそ、こんなところまでライラしか買い取ろうとしない茶葉を持ってきてくれたのだ。

彼にとってはどうであれ、個人的には感謝しかないと、ライラは心の内で喜んだ。



「茶葉はこれで全部です、お嬢様」


「ありがとうございます。またお願いしますね」


「ええ、また!」



金貨を受け取って元気が出たのか。

商人が飛ぶようにして馬車へ乗り込み、去っていった。

ライラは商人に手を振った後、翻る。


ライラと行商人の取引を見ていたふたりの村人が、目を丸くさせていた。

妙な香りのする葉っぱを買ったことが不思議でならないと、怪訝な表情でライラを見ている。


ライラは茶葉の説明をしたが、ふたりの男には理解できないようであった。

茶葉に付いた花の香りを嗅いでも、眉根を寄せる始末。

しまいには、「お金持ちはこんなものが好きなんですねえ」とお手上げされた。

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