ガラッド村

人間を寄せ付けない、ヴェノスレス高山。

その麓に、小さな村がある。



「商人ではなく、旅人とは珍しい。ガラッド村へようこそ」



村の小さな宿に行くと、ライラたちは歓迎を受けた。

辺鄙の村なので、行商は来ても旅人が来ることなどないという。



「観光で来る場所でもありませんしね」


「まあな。こんなところに金払いの良さそうな旅人が来りゃあ、歓迎もされるよな」



ブラムがライラの姿を見ながら言う。

ライラの普段着は、基本的に高価な衣服であるからだ。

誰が見ても、金持ちだと分かる。



「別にお金持ちに見せたいわけじゃないですから。着心地で選んでるだけですからね」


「わざわざ言い訳しなくても分かってら」



ブラムが両手をあげてみせ、頭を横に振る。

次いで、部屋の木窓を開けた。


夕刻の朧げな光と、冷たい空気が部屋に流れ込む。

埃が舞いあがり、部屋が黄色い光で満ちた。

旅人が来ないのだから、普段から部屋の清掃などしていないのだ。

このまま夜を迎えるのは、色々と宜しくない。


その日は夜遅くまで、部屋の掃除をすることとなった。

村人を数人雇い、念入りに床を磨き、ベッドのシーツなども取り替えた。

もちろんライラも掃除に参加した。

くたくたになって倒れそうになる直前、部屋はなんとか居心地の良い空間に変貌した。



「そういえば、部屋がひとつしかないですね」


「そうだな」


「私……ブラムと同じ部屋で寝るの?」


「俺も嫌なんだ。我慢しろ。今からもう一部屋掃除したくねえだろ?」


「……うう、そうですね。仕方ありません」



ライラはがくりと項垂れる。

とはいえブラムの計らいで、ひとつしかないベッドを使うことができた。

疲れきっていたライラは、床に寝転がるブラムに申し訳ないと思いつつも、早々に意識が遠のきはじめる。

やがて目の前が暗くなり、夢に落ちた。



翌日。

寝不足のような表情のブラムが、ライラを起こした。

昨日の狼煙の件を含め、情報を得に行こうと言う。



「軍隊がどこに動いたか分かっておかねえと、進むも戻るも出来ねえからよ」


「そうですね」



ライラは頷き、起きあがった。

ブラムを部屋から追い出し、服を着替える。

昨夜は着替える気力もなく寝てしまったので、普段着のままであったのだ。

さすがによれよれの服を着て外出するのは気恥ずかしい。


溜まっていた洗濯物を顔色の悪い御者に任せ、ライラたちは宿を出た。



「村は……特に普通ですね。戦場は遠い場所なのかも」


「かもな」



ブラムが頷き、ライラと同じように村を見回す。

行き交う人々は普段通りの生活をしているようであった。

珍しい旅人であるライラたちに挨拶してくる村人の声も、緊迫感はない。


数人に尋ねてみたところ、皆、戦場は北西だと答えた。

どうやら狼煙が上がる前から、どの辺りが戦場になるか知っていたらしい。



「北西というと……トゾの辺りですか?」



ライラはより詳しそうな村人を見つけ、事細かに尋ねた。

トゾという地名を出すと、詳しそうな村人が大きく頷く。



「そうだよ。あそこはウォーレンとユフベロニアだけじゃなく、パーウラマとゼセドにも繋がる要衝だからね」


「それじゃあ……しばらく通れないということですか」


「冬季が過ぎるまでは無理じゃないかな」


「……どうして冬季と?」


「……ん? ああ、まあ……なんとなくね。とにかくトゾは無理だ。どうしてもウォーレンに行きたいならルーアムまで戻って迂回したほうがいいよ」



そう答えた村人が、「じゃあ仕事があるから」と言って去っていく。

ライラはがっかりして、その場で座り込んだ。



「……どうします? ブラム」



去っていく村人の背を見ているブラムに、ライラは弱々しく声をかける。

ところがブラムはしばらく返事せず、じっと村人を見ていた。

やがて首を傾げ、周囲をぐるりと見回す。



「どうかした?」


「……ここは魔族の村だ」


「え?」


「村の連中は人間のふりをしてるが、どいつもこいつも魔族だ」


「……そ、そうなの??」



ライラは驚き、ブラムに倣ってぐるりと見回す。

しかし一応人間であるライラには、魔族か人間かの区別など出来なかった。

ブラムが言うには、魔族同士にしか分からない微妙な差があるという。



「ブラムが魔族だっていうのも、気付かれてる?」


「たぶんな。お前のことは分からねえ。俺と一緒にいるから魔族と思われてるかもしれねえな」



そう言ったブラムが、いつまでも辺りを見回しつづけるライラの頭に手を乗せた。

ライラははっとして、挙動不審な自分を正す。


魔族と知った瞬間、ライラは村人たちの視線が気になった。

歓迎してくれたはずの村人たちが、監視しているように感じる。

トゾへ向かおうとしていると知られれば、尚更気にさせてしまうのではないか。

ライラは冷汗をかいたが、ブラムが緊張するライラの肩に手を乗せた。



「わざわざひっそり暮らしてんだ。こっちが何もしなけりゃ何もしてこねえよ。平和主義の俺が言うんだ。間違いねえ」


「……えええ?」


「なんだあ? その目は? ……まあいい。とりあえず村の連中が戦地のことに詳しいのは納得だ。ある程度のことは外部の魔族から知らせてもらってるんだろうよ」


「そういうことですか」



ライラは深く頷く。

しかし村人の秘密を知ったところで、状況が良くなったわけではない。

トゾを経由してウォーレンへ向かうことはできないのだ。

となれば、引き返して北東から回り込むべきか。



「引き返すのは危険だろ。ルーアムはともかく、ベロニア辺りは最近まで住んでたんだ。補給だけだとしてもあまり立ち寄りたくないぜ」



ライラの考えを察して、ブラムが釘を刺した。

たしかに北東からの迂回は、問題が多い。

途中まで誰にも気付かれなかったとしても、ユフベロニア北部にある首都ベロニアは別だ。

ウォーレンとの国境が近いこともあり、旅人を事細かに確認しているからだ。

だからこそライラたちは、旅人への対応が適当な国境トゾを目指していた。



「では、ここで冬季を過ごしたほうがいいですね」


「もしくはゼセド地方に行くかだな」


「そっちは嫌です」


「だな。俺も別に苦労したいわけじゃねえ」



ブラムがライラの提案に同意する。

ライラほどではないが、ブラムも苦労する生活を望んではいない。

旅をつづけながらも三百年、ライラと共に贅沢な生き方をしているのだから。


ライラたちは宿へ戻ると、冬季の間泊まらせてほしいと頼み込んだ。

もちろん、もう一部屋追加で。

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