もはや影の支配者
盗賊団全員を捕縛したライラたちは、彼らを一室に閉じ込めた。
お仕置きをするためであるが、それだけではない。
元凶を叩くために、ライラは盗賊団と取引をした。
「お前も悪い女になったもんだ」
盗賊団を去らせた後、ブラムが苦笑いした。
ライラはそっぽを向き、聞き流す。
数日後、ルーアムの街に大きな事件が起こった。
バオムの店が、盗賊団によって襲撃を受けたらしい。
幸い死傷者は出なかったが、バオムの家財がすべて盗まれたという。
それだけではない。
バオムの店を襲った盗賊団が、さらに別の賊に襲われた。
盗まれたバオムの家財は四方へ散り、もはや取り返す術が失われた。
「悪いことをすれば、天罰が下るというわけですね」
事件の顛末を聞き、ライラはようやく笑みをこぼした。
ライラの肩の上にいるペノも、愉快そうに笑う。
ブラムだけが怪訝な表情を浮かべ、ユナと顔を見合わせた。
そんな三人と一匹を前にして、一人の男が小さく笑った。
男は、以前ライラに首飾りの行方を教えてくれた中年の男であった。
情報をくれた礼も兼ねて、ライラが招いたのだ。
「それで? このおっさんもお前の悪企みのひとつかよ?」
「失礼ですよ、ブラム。こちらの方はユナのための大切なお客様です」
「こいつが?」
ブラムが中年の男を睨む。
しかし中年の男が怯むことはなく、かえって笑い声をあげた。
「はっは、賑やかなもんだな」
「すみません、彼が煩くて」
「構わんよ。ユナ嬢も彼に懐いているみたいだしな。こういうガサツな奴と仲良くなれるって分かっただけで、こちらとしては願ったり叶ったりってとこだ」
「ああん? なんだあ、こいつは? 喧嘩売りにきたのかよ?」
「だから失礼ですって。こちらの方はユナに仕事の紹介をするために来てくれたのです」
「仕事だと? このおっさんが?」
「はっは。その通り。このおっさんと仕事をするんだ」
中年の男が笑い、ユナの傍へ寄った。
中年の男が紹介した仕事は、彼が所属する商会の雑用であった。
雑用とはいえ、給金は悪くない。
しかも住み込みで働くことも出来るとのことであった。
ユナは最初少し怯えていたが、すぐに落ち着いた。
中年の男が楽しそうに話すので、次第に心を開いたらしい。
「ユナ嬢さえ良ければ、その首飾りを保管する場所も用意するぞ」
「……え?」
「もちろん、それが大切なものだとは聞いてる。だから、ユナ嬢が目で確認したいときに、好きなだけ手に取れるように取り計らう。それなら、良いかい?」
「そこまで……してくれるんですか?」
「まあな。そういう約束なんだ」
頷いた中年の男が、ライラに視線を向けた。
ライラは苦笑いする。
中年の男が所属する商会は、かつてクナドが作りあげた大商会であった。
ライラは定期的に、クナドの商会と連絡を取っていた。
クナドが亡くなった後も、住む場所を変えても。
ライラが偽名を使い、後継者という形を取るようになっても。
三百年間、連絡を取りつづけていた。
時には巨額の投資も行っていた。
そのためクナドの商会は、今でもライラに頭が上がらない状態であった。
「もはや影の支配者だよねえ」
一旦、中年の男が帰ったあと。ペノが両耳を揺らしながら言った。
ライラはペノの両耳を掴み、ぽんとベッドへ放り投げる。
「……リリーさん、ありがとうございます」
弧を描いてベッドへ飛んでいくペノを横目に、ユナが深々と礼をした。
ライラは振り返り、ユナに目線を合わせる。
「いいのですよ。実のところ、大したことはしていませんし」
「もしそうだとしても、リリーさんは私たちの恩人です」
リリーが胸元に手を置いて、言った。
その手は、首飾りに重ねられていた。
ゼイメルケルの石が、微かに煌めいて見えた。
「……リリーさん。その……リリーさんの名前は、ライラさんと……いうのですか?」
「…………え!? あ、ああー。……ええっと、その……」
「そう、なんですね」
「ご、ごめんなさい。ユナ。出来ればこのことは、誰にも言わないで欲しいのですけど」
「もちろん言いません。必ず。最後まで」
「あ、ありがとう、ユナ」
「こちらこそありがとうございます、ライラさん。恩人の本当の名前を知ることができたことも、感謝します。本当に、いつまでも」
ユナが再び深く礼をした。
ライラはどんな表情をすればいいのか分からなくなったが、とりあえず微笑んでみせた。
するとすぐ後ろで、ブラムの嘲笑うような声が聞こえた。
なんとも腹立たしい。
本名がバレてしまったのは、きっと強盗の男が現れた時だ。
ブラムがライラの名を呼んだから、ユナに知られてしまったに違いない。
あとで泣くほど抓ってやろうと、ライラは心に誓ったのだった。
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