抓る手は優しく


「ま、また!? あ、あの人!?」


「ユナ、彼に襲われたの??」


「た、たぶん!」


「……それじゃあ」



窓の外にいる強盗は、間違いなくバオムの手先だ。

そうでなければ、首飾りを買い戻した直後に襲い掛かってくるはずがない。


ライラは恐怖と怒りで、思考が真っ黒になった。

バオムが悪に塗れていると分かってはいたが、これほど非道であるとは。

しかしどれほど怒りを膨らませても、ライラには抗う力がなかった。

情けないことに、怒りと共にあふれ出た恐怖で足腰が立たなくなったのだ。


腰を抜かしたライラを見て、窓の外にいる男がにやりと笑った。

ライラを見据えつつ、家に侵入してくる。

その一挙手一投足を、ライラは黙って見守るほかなかった。



「……リリーさん」



ライラの腕の中で、ユナが震えている。

首飾りを握りしめ、強盗の男を睨みながら。


ライラはぐっと唇を結んだ。

ユナと同様に、強盗の男を睨みつづける。

足は立たないが、屈したとは思われたくなかった。


何か。

何か出来ることはないか。


思考を巡らせながら、ライラは拳を握る。



「は、ははは! ははははは!!」



強盗の男が笑った。

無力なライラたちの姿が、滑稽に見えたのか。

笑いながら、剣を振り上げる。


刃の、鈍い光。

その冷たさに、窓から射しこむ光が重なった。

それ以外に、黒い影。

窓の外に、ゆらりと揺れる。



「……影?」



ライラは首を傾げた。

瞬間。

窓から飛び込んできた黒い影が、強盗の男に襲いかかった。

一撃で強盗の男を倒し、男が持っていた剣を奪い取る。



「……ブラム!!」


「何やってんだ、馬鹿ライラ!!」



飛び込んできた黒い影。ブラムであった。

再度拳を振り上げ、強盗の男を殴りつける。

恐ろしく見えた強盗の男の身体が、ぱたりと床に伏せた。

笑い声もない。白目を剥き、気を失っている。



「ブラム、どうして……」


「どうしてじゃねえ。言ったじゃねえか、盗人を捜しに行くってな。ユナの首飾りを追って、こいつらを叩きのめしに来たんだ」


「え、あれから……ずっと? ……それに、“こいつら”って?」


「こいつらはこいつらさ。質の悪い盗賊団でな。追い詰めるのに苦労したぜ」



そう言ったブラムが、自力で立てないライラに手を差し伸べた。

ライラはブラムの手を取り、起き上がる。

次いでブラムに促されるまま、窓の外を見た。



「う、わあ……」



ライラは思わず声をこぼした。

窓の外に、いや、ライラの家の周りに十数人の男たちが倒れていた。

ライラたちに襲い掛かってきたのは、このうちのひとりだったのだろう。

もし腰が抜けていなくても、ライラとユナだけでは逃げきれなかったかもしれない。



「ブラムひとりで……やったの?」


「ああ」


「こわ……」


「うるせえ! 他に言うことがあるんじゃねえか?」



ブラムがライラに顔を近付ける。

ライラは一瞬眉根を寄せたが、すぐに気を取り直した。



「ありがとう、ブラム」


「……ちっ! まったく、ちょっと目を離しただけでこれかよ。馬鹿が」


「馬鹿って言わないでったら!」


「うるせえ、ばぁか!」



ブラムがお道化ながら、ライラを揶揄う。

ライラは頬を膨らませ、ブラムの手を抓るのだった。

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