今はそれだけで

ユナがクナドの商会へ入って、数十日。

ライラたちは旅支度をはじめていた。

バオムとの一件以降、ルーアムの街で目立つようになったからだ。



「今回は短かったな」



ブラムが不愛想に言った。

ライラは「そうですね」と短く答え、荷物を馬車に載せる。



「ユナのことが心配なのですか?」


「いや。そうでもねえ」


「素直じゃないですね」


「本当だ。それに、ユナは魔族が嫌いらしいからな」



無表情でブラムがこぼす。

ライラは「ブラムのことが嫌いなわけじゃないでしょう」と、ブラムの背をとんと叩いた。


ユナの両親は、魔族に殺されたらしかった。

人間と魔族の戦争に巻き込まれたのだ。

そのためユナは、父親の形見を絶対に手放したくなかったのだという。

魔法道具となるゼイメルケルの石があれば、いつか魔族に復讐できるかもしれないからだ。



「いつから知っていたの?」


「けっこう最初からだ。ユナが勝手に教えてくれた」


「……辛いところですね」


「そうだな。だが、どうしようもねえことだ」


「だけど」


「さっきお前が言っただろ。俺が嫌われてるわけじゃねえ。今はそれだけでいいんだ」



ブラムの視線が遠くへ向く。

虚しい色も、悲しい色も滲ませていない、ブラムの瞳。

ライラにはない強さが、静かに佇んでいる。



「さあて、と」



馬車に乗っていたペノの声が、二人の間に割って入った。

退屈そうに欠伸をしている。



「次はどこに行くんだい?」


「どうしましょうか。またウォーレン地方に行きますか?」


「そのほうが楽だろうねえ」


「長い旅になると思いますが」


「それはそれは、ライラの乗り物酔いが心配になるねえ」



ペノの片耳がぱたりと折れる。

ライラの乗り物酔いは、三百年生きてきても治っていなかった。

むしろ悪化しているのではないかと思う節もある。


そのためライラは、乗り物酔いを少しでも防ぐために幾つも対策をしていた。

今荷物を積み込んでいる立派な馬車も、対策のひとつだ。

振動が少ないのは当然のこと、足を伸ばして眠れるように特注で作らせている。

しかし、ブラムには不評であった。

中にはたくさんのクッションが敷き詰められているからだ。



「私は移動中、クッションの中で寝つづけますので。ご心配なく」


「クッションの山の中で吐かないでよね、頼むから」


「善処します」



ライラが頷くと、ペノとブラムが疑いの目を向けてきた。

これは仕方がない。一度やってしまったことがあるからだ。

きっとこの先何百年も、同じ目で見られることだろう。



お喋りをしているうちに、すべての荷物が積み終わる。

ライラは馬車に乗り、小窓からルーアムの街を見た。



「次に来るのは、百年後ね」


「……そうだな」



御者台に乗ったブラムも、街を見回す。

いつも通りのルーアムの街に、空っぽになったライラたちの家。


幾つもの想いを残し、馬車が動きだす。

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