悪に塗れた者


「少し高いと思いますが」


「その通りです、リリー様。こちらは大変珍しいので」


「ですが、別の店でも同等の石をもう少し安く買うことが出来ますよ」


「ほほう」



ライラの言葉に、バオムの眉が動いた。

細めた目に、鈍い光。

潜めていた凶器を突き付けてくるような感覚が、ライラの肌に伝わってきた。



「リリー様。仰ったではありませんか」


「何を?」


「こちらの石には、“多くの想い”が込められているのでしょう?」



やや冷たい声が、ライラに向かって吐き出された。


瞬間、ライラは悟った。

バオムは、ユナとライラの関係を知っているのだと。

だからこそ、高値を突き付けてもライラが必ず買うと見ている。



(……それだけじゃない)



バオムは、首飾りが盗品であることも分かっているようであった。

しかし盗品だとライラが訴えても、バオムは冷ややかに笑うだろう。

盗品という確たる証拠がないからだ。

だからこそバオムは、余裕を保ってライラに吹っ掛けている。



「なるほど」



ライラは表情を変えないように努めた。

怒りが噴きだしそうになったが、ぐっと堪える。



「では、四百五十枚で買いましょう」


「ほう!」


「店の外に、従者を待たせています。金貨を持ってくるように伝えましょう」


「……それはそれは!」



ライラの言葉に、バオムの眉が大きく動いた。

ライラは小さく笑い、店の外に向かって合図する。

すると屈強そうな男が二人、店の中へ入ってきた。

そのうちの一人が、大きな木箱を抱えていた。


屈強そうな男たちは、ライラがバオムの店へ来る前に雇った者たちであった。

いかなる時でもライラの意を汲み取って対応できそうな者を選び、店外に控えさせていた。



「ではこちらで」



ライラは屈強そうな男から木箱を受け取り、その手を箱の中へ滑り込ませた。

「お金に困らない力」で、一瞬のうちに木箱の中を金貨で満たす。



「四百五十枚あります。確認してください」


「……ほ、ほう!?」



バオムが何度も眉を動かした。

驚きの表情を隠せず、木箱の中へ視線を移す。

木箱に満ちた金貨を見るや、バオムの目が輝いた。

まさかという驚きと共に、してやったという喜びが隠しきれず、溢れ出ている。



「では、ゼイメルケルを」


「もちろんです、リリー様!」



目を輝かせたままのバオムが、首飾りの入った木箱を差し出してきた。

ライラは木箱を受け取ると、念入りに首飾りを確認した。



「では失礼します。バオムさん」


「毎度ありがとうございます」



翻ったライラの背に、バオムのしゃがれた声が届く。

ライラはバオムに見えないよう、顔を歪ませた。

悪に塗れた類の者に出会ったのは初めてではないが、やはり気分が悪い。


あまりの苛立ちに、ライラは傍にいた屈強な男たちへ合図した。

すると男たちがくるりと翻った。

わざと床を強く踏み鳴らし、バオムを威嚇する。

瞬間、バオムが「ひい」と、ひねり潰されたような悲鳴を聞こえた。


ライラはその声を聞いても苛立ちを抑えられなかったが、無理やりに堪えて店を後にした。



「……ひひ、ひひひい」



ライラが去った店内で、バオムは悲鳴に似た笑いをこぼしつづけた。

未だ店内にいた他の客が、バオムの様子に頬を引き攣らせる。

しかしバオムは気にせず、笑いながら店の奥へ入っていった。


店の奥は薄暗く、異様な空気がたたずんでいた。

バオムはその薄暗闇に向け、低い笑い声をこぼした。

呼応するように、誰かが笑った。

次第に笑い声が広がり、店の裏口から漏れ出て行った。

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