出来ること
ライラが呼んだ医者の手当てを受け、ユナが唸りながら眠っている。
怪我がひどいため、熱を出したのだ。
加えて疲労も溜まっていたらしく、ユナは衰弱していた。
「奪われた首飾りを取り戻そうとしたんだろうねえ」
ペノが両耳を揺らして言う。
やはり冷静な声。ユナのことを心配しているのかどうか、ライラには見分けが付かない。
「私たちを頼ってくれたら……」
「そこまでの信頼関係なんてなかったでしょ」
「だけど……」
「まあでも。ユナの状態を見る限り、暴行を受けてから一日以上は経ってる。さっさと訪ねてきてくれたら、もう少し元気だったろうねえ」
そう言ったペノが、眠っているユナの傍へ寄った。
呻いているユナの頬に触れ、その顔を覗き込む。
一応、ペノなりに心配はしているのかもしれない。
「俺は盗人を捜してくるぞ」
離れたところで立っていたブラムが、苦々しく言った。
床を強く蹴り、弾けるように家から飛びだす。
ライラはブラムを止めようとしたが、間に合わなかった。
こうなっては、街中ひっくり返すか、何か手掛かりを得るまで帰ってこないだろう。
「さあて、どうする?」
ユナの傍にいるペノが、試すように言った。
「私も出来ることをします」
「ずいぶん落ち着いてるねえ」
「そういうわけではありませんが、当てがあるんです」
ライラはそう言って、書斎机に向かう。
ランプに火を灯し、手紙を書きはじめた。
ペンを握る手が、何度か震える。
その震えがランプに伝わるのか、灯りの赤が強く揺れた。
三日後。
ライラは使用人を臨時で雇った。
未だ熱が下がらないユナを看させるためだ。
出来れば自分で看たかったが、そうもいかなかった。
ユナの無念を晴らすため、ライラにしか出来ないことがある。
「ブラムは全然帰ってこないねえ」
とある場所へ向かうライラの肩で、ペノが言った。
ペノの言う通り、ブラムは三日前から一度も帰ってきていない。
いったいどこで何をしているのか。
一報だけでも送ってくれたら、心配せずに済むのだが。
「ブラムが突っ走るのは、いつものことですから」
「まあねえ。元気でいいよねえ」
「その間に私も出来ることをします。……ほら、着きました。ここです」
ライラは足を止め、顔を上げる。
ライラとペノの前には、小さな酒場があった。
その酒場は、人通りの少ない場所にあった。
外観は少し寂れていて、酒場の中はさらに寂れている。
ライラ以外の客は、ひとりしかいなかった。
「お待たせしましたか」
唯一の客に、ライラは声をかけた。
客である男が、杯片手に振り返る。
「飲んで待っていたから問題はない」
「まだ昼ですよ」
「はっは。昼には昼の酒があるんだ」
男が笑いながら言い、さらに一口飲んだ。
中年男の太った腹が、ぶるんと揺れた。
中年の男は、ライラが三日前に手紙を出した相手であった。
ライラの呼び出しに応じて、ここへ来てくれたのである。
「話しをしても?」
「ああ、いいよ」
「ゼイメルケルの石のアクセサリのことですが、見つかりましたか」
「ああ、見つかってるよ。見つけるだけなら簡単なことだ」
中年の男が片眉を上げた。
次いで卓上に布切れを置く。
ライラは布を受け取り、広げた。
布には、店の名前らしき文字が書かれていた。
「ここにあるのですね」
「あるがね。簡単には取り戻せないよ」
「どうしてです?」
「価値が高すぎる。お嬢さんは分かっていると思うが、あの石はアクセサリにするには勿体ない代物だ」
中年の男が息をこぼす。
ライラも釣られて、ため息を吐いた。
ユナが身に着けていた首飾りには、ゼイメルケルと呼ばれる希少な石が填められていた。
ところがゼイメルケルは、一般でいうところの宝石ではなかった。
見た目はどこにでもあるような白い石で、鑑賞用としてはほとんど価値がないのだ。
しかしゼイメルケルには、特殊な力があった。
魔法道具として加工すると、魔力や魔法を貯め込めるのである。
大金を積んででも魔法を扱いたい者にとっては、貴重過ぎる石であった。
「取り戻す方法は、私が考えます。これ以上ご迷惑はおかけしません」
「そうかい? それなら良いがね」
「これとは別に、以前お願いしていたことはどうなっていますか」
「ああ、それかい? そいつは問題ないよ」
「そうですか。助かります。この件が解決したころにまた会えますか」
「いいぜ。俺も助かるからよ」
中年の男が頷く。
ライラは深く礼をして、酒場を出た。
帰り道の最中、ペノが愉快そうに小さな身体を震わせた。
「ライラも大人になったよねえ」
そう言って、長い耳をライラの頬へぶつけてくる。
ライラは鬱陶しいとばかりに、ペノの耳をつまんだ。
「小賢しいって言いたいのですよね?」
「そんなことはないよ!」
「どうだかなあ」
「ほら、前にブラムが言ってたじゃない。『ペノに似てきたな』って」
「うわあ、最悪」
ライラは顔を歪める。
その様子に、ペノの身体がさらに震えた。
人通りの多い道であるから大声で笑えず、必死に耐えているのだ。
こんな性悪ウサギと「似ている」だなんて。
ブラムが戻ってきたらお仕置きをしなくてはと、ライラは拳を握りしめるのだった。
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