特別でも、この手は

ユナと出会って、数十日。

毎朝必ず来てくれていたユナが、その日は夕方になっても来なかった。

そのような日もあるだろうと、ライラは特に心配しなかった。

ところがブラムは違った。

妙に落ち着かなくなり、夕方になってから深夜になるまで家の外でユナを待っていた。



「たった一日だけだよ?」



ペノが揶揄うように言った。

しかしブラムは取り合わず、家の外で待ちつづけた。



「……そんなにユナのことを気に入っていたのかしら」


「そうらしいねえ。最近は時々、一緒に買い出しに行っていたからねえ」


「え??」


「知らなかったの??」


「知らなかったですよ??」



ライラは目を丸くして、木戸の外にいるであろうブラムのほうを見る。

すると外で、ブラムが大きなくしゃみをした。

もうじき冬季だ。外は少し冷えるだろう。


ライラは厚手の布を持って、外へ出た。

木戸のすぐ横で、大きな身体のブラムが静かに座っていた。



「寒いでしょう?」


「寒くねえ」


「そう。でも羽織っていて。見ている私が寒くなるから」



ライラはそう言って、厚手の布をブラムの頭に被せた。

ブラムが舌打ちする。

しかし思いのほか素直に、布に包まった。



「明日はきっと来るわ」


「来てもらわねえと、俺が買いだしに行かなきゃならねえ」


「そうね」



ライラは頷き、ブラムの傍に座る。

ブラムが再び舌打ちした。

しかしわざわざライラから離れたりもせず、その場にとどまった。

ライラはほんの少し安心して、そのまま眠ってしまった。



翌朝。

ライラはベッドの上で目を覚ました。

不思議に思ってペノに尋ねると、ブラムが運んできたのだと教えてくれた。



「お礼を言わなきゃ」



未だ木戸の外にいるであろうブラムのほうを見る。

「こんな気遣いをしてくれなんて」と、ライラは驚いた。



「礼は言わなくていいと思うけど?」



ペノが当然のように言った。



「どうして?」


「寝言が煩え!って言いながらベッドに持ってきたからねえ。つまり追い払われたってこと」


「……私、そんなに寝言がひどいですか?」


「割とそこそこ」



ペノが無表情に言う。

どうやら冗談ではないらしい。


ライラは衝撃の事実に打ちのめされながら、外へ出た。

木戸の横に、ブラムがいた。

厚手の布に包まったまま、静かに寝ている。


ライラは昨夜のつづきをするつもりで、ブラムの隣に座った。

一瞬、ブラムの呼吸が変わる。

だが、起きない。

黙って寝ていれば良い男なのだけどなと、ライラは苦笑いした。



「あ、来たよ」



ライラの肩に乗っていたペノが、小声をこぼした。

ライラははっとして顔を上げる。


ペノの長い耳が傾いた先。

よろめく小さな人影が見えた。



「……ユナ!!」



ライラは叫ぶと同時に、駆けだした。

その大声にブラムも跳ね起きる。


道の先。よろめく人影はユナであった。

とぼとぼと、ライラの家へ向かってきていた。


駆け寄ると、ユナが大怪我をしていることに気付いた。

頭に乾いた血の跡。衣服にも血が付いている。

殴られたのか、頬や肩、足が腫れ上がっていた。

そんなひどい状態で、ユナは朦朧としながら歩いていた。



「ブラム! 家の中に運んで!」


「分かってら!」


「私はお医者様を呼んできます!」



ユナを抱きかかえるブラムを横目に、ライラは走った。

本心ではユナの傍にいたかったが、私情を挟む余裕はない。

この国の医療は、まだまだ未熟だからだ。

なるべく早く、消毒と治療をしなければならない。

かすり傷ひとつなのに、悪化させて命を落とした者もいるのだ。



「どうしてあんなことに!」



走りながらライラは顔を歪めた。



「ライラ、気付いた? あの子の首飾り」



ライラの肩で、ペノの冷静の声が鳴った。

その声の冷たさに、ライラはぞっとする。



「……なんのこと?」


「無くなってたよ。首飾り」


「……え?? もしかして!?」


「つまり、そういうことだね。予想より早かったなあ」



冷静な声のまま残念そうに語るペノ。

ライラは胸の奥が締め付けられる。

「盗まれるかもしれない」と危ぶんでいたペノの言葉を思い出した。


まさかこんなにも早く、その危機が迫るとは。

しかも盗まれただけでは済まなかった。

暴行を受け、命まで脅かされてしまった。



「もっと早く伝えておけば……」


「まあねえ」



顔を歪めるライラに、ペノが頷く。

しかし、「伝えたところで、防げたかは分からないけどねえ」とも言った。


それはそうかもしれないと、ライラも思う。

ライラたちと出会う前から目を付けられていた可能性もあるからだ。

もし家の中に隠していたとしても、家の床すべてをひっくり返されるかもしれない。

「お金に困らない力」があっても、ユナの助けになれることは多くないだろう。



(だけど……!)



ライラは自身の無力さを嘆いた。

特殊な能力を持っていても、特別な人間になりきれない。

実際に事が起こってから悩み苦しむ普通の人間と変わりない。


何か出来たはずなのに。

もっと、何か――


駆けながら、唇を嚙む。

血が滲み、鉄の味が喉を打った。

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