健気


「はー! なるほどそうやって使いっ走りを手に入れたんだね!」



家に帰るや、明るい声がライラの両耳を打った。


明るい声の主は、ペノという名の白いウサギであった。

ペノはウサギの姿ではあるが、実のところ神様であった。

この三百年、何故だかずっとライラの傍にいる。



「人聞きの悪いことを言わないでください」


「でも買い物係に困っていたもんねえ」


「だって、ブラムが面倒臭がるから」


「面倒臭がるのは俺じゃねえ。お前だろ。このヘンテコ財布が」


「変な言い方しないで」



ライラはブラムの手を抓り、ペノの傍へ行く。

ペノがトンと跳ね、ライラの肩へ乗った。

ライラの肩の上が、お決まりの席なのだ。



「とにかく一石二鳥だと思うので。ユナには毎朝来てもらいますから」



ライラはそう言って、ペノとブラムを指差した。

ペノが愉快そうに笑い、ブラムが抓られた手をさすりながら苦い顔をした。


ペノはともかく、ブラムが反対しないのは分かっていた。

商店の並ぶ通りで出会った少女、ユナは孤児であったからだ。

頼れる親戚などなく、孤児院のように身を寄せる施設もルーアムの街にはないという。

身を擦り切らせながら生きるユナを、ブラムが見過ごせるとは思えなかった。


ライラはユナに、毎日の買い出しやお使いを頼んだ。

用事ひとつに対し、給金を毎度渡していくことにして。



(でも、残念だなあ)



「お金に困らない力」で給金を払うたび、ライラは申し訳ない気持ちになった。

出来ることなら、多額の給金をユナに払ってあげたいからだ。

しかしそれが出来なかった。

ライラの持つ「お金に困らない力」には、制限が付いているためである。


「お金に困らない力」は、何かを手に入れる時、妥当な代金しか生みだせなかった。

あれこれと理由をこじつけても、生みだすお金を大幅に増やせたことはない。

ライラがどれだけユナに良くしてあげたくても、大きな力にはなれないのだった。



「おはようございます!」



ライラの悩みを散らすように、元気な声が鳴った。

木戸を開ける。

仕事に来てくれたユナが丁寧に礼をした。



「おはよう。今日もありがとうございます」



ライラは買い出し用のメモとその代金、さらに一回分の給金を手渡した。

その金額に、ユナの表情がぱっと明るくなる。



「こちらこそ、ありがとうございます。行ってきます!」


「ええ、気を付けて」


「はい、リリーさん! それでは!」



メモとお金を受け取ったユナ。礼をして、駆けていく。

リリーというのは、ルーアムでライラが使っている偽名であった。

ライラは耳慣れない自らの名に苦笑いし、ユナの背へ手を振った。



「健気で働き者だねえ」



ユナが遠く離れた後、ライラの肩でペノがつぶやいた。

その言葉に、ライラはほんの少し寂しさを覚える。



「ところでライラ、気付いた? あの子の首飾り」


「……まあ、一応は」


「あれは良くないねえ」



ペノが唸るように言った。

ライラは困り顔で頷く。


出会ったころから、ユナは首飾りをしていた。

それは一見どこにでもある安っぽいアクセサリであった。

しかし、実は違う。

非常に高価な石が填められた首飾りだと、ライラは気付いていた。

売ればおそらく、数年は不自由なく生きられるだろう。



「親の形見だと言っていましたから、外させるわけには」


「だけどねえ、知ってる人からすればユナは歩く宝箱だよ。しかも孤児だし」


「盗まれるかもと?」


「それだけで済むかなあ」


「恐いこと言わないでください」


「まあ、そのうち教えてあげたほうがいい。少なくとも、ボクたちがこの街を出るまでにね」



ペノが両耳を揺らして言う。

「そうですね」と、ライラは眉根を寄せた。


長くともあと数年で、ライラたちはルーアムの街を去らねばならない。

不老であることを隠すため、また別の街で一から始める必要があるのだ。

ユナのことは気になるが、いつまでもライラたちが面倒を見ることは出来ない。



「首飾りなんてどうでもいい。働き口を探してやらねえとな」



ブラムが朝食の支度をしながら言った。

似合わない姿であるが、ブラムは料理が上手い。

しかも料理をするのが好きなのだという。



「それは当てがあります」


「へえ、ライラのくせに」


「くせにって……、まあいいです。とりあえずその当てに頼るまでは、私たちで面倒を見ましょう」


「俺は構わないぜ。楽ができるからな」



料理が好きなだけで、買い出しが嫌いなブラム。

にやりと笑って、包丁を宙で回す。

どうやらユナを想ってではなく、本心であるらしい。

鋭く輝く包丁が、ブラムの想いを吐きだしているように見えた。

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