拙い手

食事を終えたあとの、買い出しの最中。

商店が並ぶ通りに、ざわめきが走った。



「おい誰か! そいつを捕まえてくれ!」



野太い声が轟く。

見ると、果物屋らしき男が誰かを指差し、喚いていた。

その指の先。

痩せこけた少女が駆けていた。

その手には、ふたつの果実が掴まれていた。



「盗みですね」


「らしいな」



ブラムが頷き、懸命に走る少女の前へ飛んだ。

両手を伸ばし、少女の痩せた腕を掴む。

折ってしまうのではないかとライラは心配したが、杞憂であった。

ブラムの動きは力強かったが、少女の様子を見る限り痛がってはいないようであった。



「おっと、すまねえ。あんたたちが捕まえてくれたのか」



追いついた果物屋らしき男が、息を切らせて言った。

その手には小さなナイフがある。

刃の鈍い光に、ブラムの腕の中にいた少女がびくりと震えた。



「すみません。この子が盗んだものの代金は私が払います」



ブラムと少女の前に進み出たライラは、男に向かって丁寧に言った。

そうして、いつも持ち歩いている袋に手を入れる。

袋に隠した手で、ライラは「お金に困らない力」を使った。

すると手から貨幣が溢れ出し、十数枚の銅貨が袋の中に落ちた。



「んん? あんた、そのガキの知り合いかい?」


「そんなところです。この子は私が叱っておきます。ですから今日はこれで」



そう言ってライラは、男に銅貨を手渡した。

手渡したお金は、少女が盗んだ果実の金額より多かった。

ライラは「ご迷惑をおかけした分も」と言い加え、深く謝罪した。



「ま、まあいいけどよ。……おい、ガキ。もう二度とやるなよ!」



受け取ったお金を見て、男の表情が明るくなった。

痩せこけた少女を軽く睨み、自分の店へ帰っていく。

その背を見て、ライラは長く息を吐いた。

一気に緊張が抜け、足腰が震えだす。

我がことながら驚くほどひ弱な精神だなと、ライラは心の内で自嘲した。



「慣れねえことしたな」



痩せこけた少女の腕を掴みながら、ブラムが笑った。

ライラは苦笑いして、再び長く息を吐きだす。

次いで、痩せこけた少女に視線を向けた。



「果物屋さんとの約束ですから言いますけど、盗みはいけませんよ」



震える足腰をなんとか治めたライラは、少女の傍へそっと寄った。

果実を握りしめたままの少女が、悲しそうに俯く。



「……お金が無いんです」


「ご両親は?」


「……もう、いません」


「……そう。ごめんなさい」



ライラは少女の手を取り、撫でた。

痩せ細った手が、震えていた。

悲しいのか。恐れているのか。

果実を握りしめたまま、耐えるように震えている。



「私が仕事をあげるわ」


「……本当ですか?」


「ええ。私の家を教えるから、毎朝そこへ来なさい」



ライラは少女の頭を撫で、微笑んだ。

未だ怯えている少女が、窺うようにしてライラを見る。

その目には、縋るような色が滲んでいた。

ライラはもう一度少女の頭を撫で、自らの住所を伝えるのだった。

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