別れるために出会うのか


「まだ静かだねえ」



早朝の淡い光。

ペノの言葉に、ライラは唇を結んだ。

わざわざ早朝に家を出た理由はひとつ。

会って、別れの挨拶をしたい人がいるからであった。



「ソフィヌに会うんでしょ?」


「……はい」


「そろそろ水を汲みに来る頃だからねえ」



ライラの向かう先。村の井戸がある場所だ。

早朝のこの時刻、ソフィヌは必ず井戸水を汲みに来る。

ライラもまた、その時に合わせて散歩をしていたことがあった。

人目を出来る限り避けてソフィヌと会うには、この時以外にない。



「……あ」



やがて辿り着いた井戸のある広場。

ソフィヌがいた。

いつも通り水を汲んでいたソフィヌであったが、ライラよりも早くこちらに気付き、視線を向けていた。



「……ライラじゃないか」



すでに何かを察したような表情で、ソフィヌがライラを迎えた。

ライラはフードを被ったままソフィヌに寄る。

それを見て、ソフィヌが短く息を吐いた。



「村を出るのかい?」



ソフィヌが単刀直入に聞いてくる。

ライラは小さく頷き、ソフィヌの顔を覗いた。


ソフィヌはすでに四十歳を超えていた。

まだまだ若いが、出会ったころのような溌溂さはない。

顔に刻まれた小さな皴を見て、ライラはぐっと唇を結んだ。



「ライラ。私はあんたのことを魔族なんて思っちゃいないよ」


「……ソフィヌさん」


「だけど、このご時世さ。私はきっと、あんたのすべてを庇いきれない」


「……分かっています」



ライラは応えて、フードを脱いだ。

十代半ばの、少女の顔が露わになる。

それを見たソフィヌが、息苦しそうな表情になった。

友であっても、拭いきれない不信感もあるのだろう。



「リザちゃんのことは任せておきな。私みたいな小さな人間でも、あの子ぐらいなら庇いきってみせるよ」


「……ええ、ありがとうございます」


「……許しておくれ、ライラ」



そう言ったソフィヌが、苦い顔をしてライラの手を掴んだ。

温かい手。

この村に来て、初めて知った温もりだ。

ライラはソフィヌの手を握り返し、次いで抱きしめた。

ソフィヌはわずかに戸惑ったようであったが、すぐに抱き返してくれた。



「身体に気を付けなよ。あんた、ご飯作れないんだからさ」


「……善処します」


「あと、変な男に掴まるんじゃないよ。あんた、見た目は可愛んだから」


「見た目はって」


「中身は私のほうが可愛いってことよ」


「……それはどうですかね」


「なにい? まあったく……」



ソフィヌがライラの頬をつねる。

ライラは痛がりながらも、ほんの少し表情を緩ませた。

それを見て、ソフィヌが笑う。


別れ際、ソフィヌがライラの黒髪をそっと撫でた。

ライラは涙をこらえ、ソフィヌに感謝の言葉を伝えるのだった。

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