同じ時


村を離れる前日。

リザがライラの服の裾を掴んだ。


ライラは振り返り、リザの手と、リザの顔を覗く。

見た目だけはリザのほうが年上なのに、こんな時だけは妹のように幼く見えた。



「……ライラ様」



ライラの服を掴んだまま、リザが俯く。

ライラはリザの髪をそっと撫でた。

十年以上共に暮らしてきたのだ。

ライラと同じくらい、リザも寂しいだろう。


その日の夜、ライラはリザと一緒に眠った。

眠っている間も、リザがライラの服の裾を手放すことはなかった。


本当のところ、リザを連れて行きたいとライラは思っていた。

生活能力のない自分に自信がないというのもあるが、それだけではない。

リザと共に過ごした時間は、ライラにとって心地よいものであった

村を出た後も共にいられたなら、これほど心強いものはない。


しかし、ダメなのだ。


「不老」であるライラは、もはやリザと同じ時を過ごせない。

数多くの不安も、ライラとリザでは感じるところが違うことになるだろう。

とすれば、不安定な旅の先では尚更。

限りあるリザには、多大な苦労をさせてしまうに決まっている。



「時々は帰ってきます、リザ」


「……約束です、ライラ様」



リザの手が、ライラの人差し指を掴んだ。

初めて出会ったときもこうだったなと、ライラは思った。

幼かったリザを雇ったとき、不安そうにしていた小さな手。

今はもう、ライラよりやや大きい手になっている。


ライラはリザの手を握り返し、目を閉じた。

リザもまた、同様にして眠るのだった。



翌朝。

ライラが目を覚ますと、リザはもう隣にいなかった。

台所にいるのかと思ったが、そこにもいない。

家の中にも、庭にもいなかった。

寝室の扉の前にひとつ、ライラのための旅の荷物がまとめられていた。



「働き者だねえ」



ペノが小さく笑った。

ライラは頷き、荷物を取る。

木戸に手をかける直前、ライラは振り返って家の中を見回した。


建て直したとはいえ、長く過ごした場所。

あれこれとお金をかけ、工夫し、快適さを追求した、ライラの小さな世界。

離れる間際になって、寂しさがこみ上げた。



「まあ、何とかなるよ」


「……そうでしょうか」


「少なくとも、命の危険はないよ」


「それはつまり、ウサギの神様が傍にいるからですか?」


「まあ、そんなとこ!」



胸を張るようにしてペノが言う。

長い耳が左右に振れ、ライラの頬を数度打った。

それがいつもなら煩わしいと思うのに、今だけは頼もしい。


気持ちに区切りを付けようと、ライラは無理に家を出る。

木戸を閉じた瞬間、再び寂しさが胸を突いたが、ぐっと耐えた。

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