繋がりの証


白髪まじりの、中年の男。

立派な馬車に乗って、ライラを訪ねてきた。



「ずいぶん羽振りが良いみたいですね」



ライラは目深く被ったフードの下で笑う。

白髪まじりの男が苦笑いして、「そんなところだ」と短く応えた。


男は、クナドだった。

戦火を逃れるために拠点を移したあと、大きな利益を得たらしい。

今では大商会の会長だという。



「ライラお嬢様の出資のおかげでもある」


「クナドさんには投資してもいいという約束でしたからね」


「儲けさせてもらった。お嬢様には足を向けて寝られないくらいにな」



クナドがそう言って、木箱をライラに見せた。

木箱には金貨が入っていた。

二百枚ほどだろうか。儲けた分のいくらかをこうして時々送ってくれる。

すでにライラが出資した以上のお金を、クナドは返してくれていた。


ライラは小さく礼をして、木箱を受け取る。

後ろに控えていたリザに、奥の部屋へ持っていくよう伝えた。


リザが奥の部屋に入ったあと、クナドが目を細めた。



「村を出るっていうのは、本当か?」



クナドが言うと、ライラは無言で頷いた。

終わりが見えない、人間と魔族の戦争。

激化とともに、魔族に対する扱いはさらにひどくなっていた。

このままでは、「不老」であるライラも必ず迫害を受けるだろう。



「村の倉庫は、すべてクナドさんに任せます」


「そいつはありがたいがね」


「なにか?」


「俺は商売に関係なく、ライラお嬢様のことを気に入ってたわけさ。お嬢様が何者であろうとな」



クナドが、フードを被ったライラの顔を覗き見る。

ライラは片眉を上げ、フードを外した。

十代中頃の、少女の顔があらわになる。

その顔を見て、クナドの頬がかすかに動いた。



「本当に、出会ったころのままだな」


「……そうですね。面倒なことになりました」


「なるほどね。こんなご時世だ。お嬢様の気持ちは分からんでもない」



クナドが数度頷く。

ライラは再びフードを被り、短く息を吐いた。


しばらくして、リザが奥の部屋から戻ってきた。

寝室にある鍵付きの箱に、金貨を納めてきてくれたのだ。

時間がかかったのは、一枚一枚丁寧に入れてきたからかもしれない。

ライラはリザに礼を言って、自分の隣に座るよう促した。



「この家には、リザを残します」



ライラは手のひらでリザを指した。

ライラの言葉を受け、リザの肩がぴくりと動く。

事前には伝えていたが、やはり緊張してしまうらしい。



「クナドさんには今後、リザのことを時々気にかけてくれることを期待しています」


「はっは、まあ……そういう話だとは思っていた」


「困りますか?」


「いいや。ライラお嬢様に返すはずの礼を、リザさんに返そう」


「話が早くて助かります」


「商人だからな」



クナドの口の端が持ち上がる。

本心はともかく、信用できる言葉だと、ライラは思った。

商人だの商売だのという言葉を使うときのクナドは、恐ろしく実直であるからだ。

だからこそ多くの仲間がクナドの元に集まっているのだろう。

ライラもまた、その一人であった。



「お世話になりました、クナドさん」


「そいつは俺のほうだ」



クナドが、ライラに向けて手を差しだした。

ライラはその手を取り、握手する。



「この首飾りを受け取ってくれ」



別れ際、クナドが振り返って言った。

クナドの手には、銀色の首飾りがあった。

異様に細かい装飾が施されている。



「これは?」


「俺の商会の会員が持っている証みたいなもんだ。その中でもこいつは特別製だ」


「特別、ですか」


「その証は、俺と、ライラお嬢様しか持っていない。複製すら出来ないよう細工がしてある」


「そんなすごいものを私に?」



ライラは首を傾げ、受け取れないと両手のひらをクナドへ向けた。

しかしクナドが首を横に振り、首飾りをライラの前へ差し出す。



「受け取ってくれ。俺の商会は、俺とライラお嬢様で大きくしたようなもんだ。こいつは俺に出来る最大の礼さ」


「……ありがとうございます」



ライラは押し負け、首飾りを受け取る。

身に着けてみせると、クナドが嬉しそうに笑った。



「俺の商会が在るうちは、いついかなる時でも必ずライラお嬢様に最大限の礼を尽くすだろう」



そう言ってクナドが翻り、去っていく。

ライラはクナドの背に、小さく手を振った。

クナドを乗せた馬車が遠く、遠く離れていっても、ライラはずっと見送りつづけるのだった。

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