優しき企み


村の出入口へ行くまで、幾人かとすれ違った。

ライラはフードを目深く被っていたが、村人たちはライラだと気付いていたようであった。

しかし村人たちは何も言わず、見送ってくれた。

その情けが嬉しくもあり、ひどく哀しくも感じた。



「まあ、いつかは良い思い出だと思えるようになるよ」



ライラの肩で、ペノが笑うように言った。

ライラは苦笑いする。



「そう思えるのは、何年後ですかね」


「何十年後じゃない?」


「……長い」


「あっという間さあ」



ペノにとっては、何十年であろうと何百年であろうと一瞬のことなのか。

それとも、過ぎ去った日々というものは誰でも、いかなるときも、瞬きのように感じるのだろうか。

「不老」となった自分は、この先どのように感じていくのだろうか。


思い巡らせながら歩く。

すると、村の出入口を越えた先に、人影が見えた。

ライラと同様に、目深くフードを被っている。

誰かを待っているのか。瓦礫に腰かけ、村の外を見ていた。



「……遅かったな」



近寄ると、フードを被った何者かが呟いた。

男の声。

ライラのことを知っているようであるが、聞き覚えの無い声だ。



「……俺のことなんざ、忘れたって顔だな」


「……え?」



首を傾げて後退るライラを見て、男が立ちあがる。

次いで、目深く被っていたフードを脱いだ。



「……ブラム!」



男の顔を見て、ライラは声を上げた。

声も顔つきも変わっているが、この白髪は間違いない。

目の前にいる男はブラムであった。



「ど、どうしてここに……?」


「……居たら悪いかよ」


「そうじゃ、ないけど……」



ライラは口篭もる。

久しぶりの、ブラム独特の威圧感。

目を逸らしながら、ライラは半歩下がった。



「ずいぶん大人しくなったもんだ、馬鹿ライラ」


「っば……!」



ライラは目を見開き、ブラムを見据えた。

その一瞬、かつてのブラムの姿が思い浮かんだ。

互いに幼かったとはいえ、勢いのままぶつかり合って別れたあの日の姿。

胸の奥に刻まれた傷が、ずきりと痛む。



「……か……って、言わない、で……」


「……っは。……お前、ホントにあのライラかよ」


「……お、大人に……なったんです」



ライラは再びブラムから目を逸らした。

逸らしたことで、より鮮明にブラムの過去の姿を思い出す。

謝らなければと思いつづけていた、情けない自分のことも。

思い出すほどに、ライラは何を言えばいいのか分からなくなっていった。


狼狽えるライラへ、ブラムが一歩、歩み寄ってくる。

その一歩に、ライラの胸はずきりと痛み、ねじれた気がした。



「……ど、どうして」


「あ?」


「わ、私が今日、村を出るって、知っていたの?」


「……ああ」



ブラムが頷いた。

そうして、ライラから村のほうへ目を向ける。

釣られてライラも村へふり返った。



「……リザ。……ソフィヌさん」



ライラは声をこぼす。

村の中から、リザとソフィヌがこちらを窺っていた。

声も届かないほど遠く離れたところで、ひっそりと。

二人のその姿は、別れを惜しむというより、別れたことを心に刻んでいるように見えた。



「リザが教えたのね」


「そんなところだ」


「……リザは、ブラムがどこにいるか知っていたの?」


「時々会ってたからな」


「……え?」


「どこぞのお嬢様がやたらと心配してるって、いちいち言いに来てたんだよ」


「……え???」



ライラは驚き、目の前のブラムと、遠く離れているリザを交互に見る。

心なしか、遠くにいるリザの身体が揺れ動いた気がした。

ついにバレたと思っているのか。

それとも――

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