発覚


さらに月日が流れ、十年。

ユフベロニアだけでなく、大陸全土に争いごとが満ちはじめていた。

人間と魔族の戦いは一向に収まらず、主要な街がいくつか灰塵に帰したという。


幸い、メノス村には戦いの火が延びていなかった。

戦いの匂いが漂ってきてはいるが、この辺りは戦略的価値が一切ないらしい。

しかし村人の、魔族に対する思いには大きな変化が見られた。

やれ魔族は敵だの、畜生だのと、平気で宣わっている者もいる。



「……ブラムは、大丈夫かな」



ライラはぽつりと声をこぼした。

ここ数年、村の中でブラムの姿を見たことがない。

潜んでいるのか、村を離れたのか。

いずれにしても生き辛くしていることだろう。


村を包む空気に、ライラもまた息苦しい思いをしていた。

習慣にしていた散歩はもちろんのこと、気分転換の買い物もしづらい。

戦時中であるからか、贅沢な生活をしている者へ厳しい目が向けられているのだ。



「ブラム様の様子を見てきましょうか?」



窓の外を覗くライラに、リザが声をかけてきた。

リザにはブラムが魔族であることを教えている。

というより、教えざるを得なかった。

ブラムを心配しつづけているライラを、リザが妙に思っていたからだ。


ライラはリザの問いにしばらく考え、やがて首を横に振った。



「そこまでしなくていいです、リザ。私が気にかけていると知ったら、ブラムも嫌がるでしょうし」


「そうでしょうか」


「そうですよ。それより、買い物に行ってきてもらえますか?」


「畏まりました、ライラ様」



リザが一礼し、出掛けていく。

ライラはリザの背を見送り、寝室へ入った。


とんと、ベッドに腰かける。

木の軋む音とともに、空気がふわりと膨らんだ。

舞いあがった、かすかな埃。

窓から射しこむ光を受けて、ゆっくりと踊っている。


光の先に、鏡が置かれていた。

ライラの全身が、光に照らされて映っている。



「……ペノ」



ライラは鏡に映る自分を見ながら、声をこぼした。

ペノが目を細め、両耳をわずかに揺らす。



「……私、少なくとも三十歳を超えたと思うのだけど」


「うん、そうだねえ?」


「……変だと思わないの?」


「なにが?」


「私のことよ」


「うーん? 若いっていいことだよねえとは思うよ?」



ペノが、鏡に映るライラを見て笑った。


鏡に映っているライラの姿は、少女のままであった。

この世界に来て十五年は経っているのに、かすかにも変化していない。

もはや童顔なのだという言い訳もできないほどだ。


共に暮らしているリザはというと、見た目はライラより大人となっていた。

二十代後半の、見目麗しい女性である。使用人であることが勿体ないほどだ。

その比較により、ライラの幼い姿がさらに異様に見えた。



「……ねえ、ペノ。隠していることはない?」



ライラは心の内に溜まっていることを出来るだけ抑え、静かに尋ねた。

ここ数年、変化のない自身の姿についてずっと悩みつづけていたからだ。

しかし、ペノに聞くのが怖かった。

「ライラは人間じゃあないんだよ」と言われてしまう気がした。

そうなれば、ブラムのように潜んで生きなければならないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る