微睡みに瞑る


三年が過ぎた。


建て替えられたライラの家。

その庭で、使用人の少女が落ち葉を掃いている。


ペノ念願の使用人は、村の外から雇い入れた。

というのも、ライラは村の住人を自らの使用人としたくなかったからだ。

特別な技術も作法も必要なかったので、職を探していた貧しい少女をライラは選んだ。

物静かな少女だが、よく働いてくれている。



「リザ。もう休んでいいから」



ライラは、リザという名の使用人に声をかけた。

リザが振り返り、深々と頭を下げてくる。



「もうじき終わります、ライラ様」


「そ、そう。じゃあ、お茶を淹れておくから」


「それは私がやります、ライラ様」



リザがてきぱきと掃除を終わらせ、家の中に入ってくる。

そうしてライラの手から茶器を取り上げ、お茶を淹れる準備をはじめた。



「働き者だねえ」



ライラの肩で、ペノが囁く。

ライラは自らの仕事を奪われ、ぼうっと頷いた。


リザがいることで、ライラはあれこれと悩むことが少なくなった。

虚しさや寂しさも忘れられる。

やはり珍妙な生き物ではなく、人間が傍にいるほうが良いのだ。

物静かなリザは、ライラの心の隙間を埋めるにはうってつけであった。


しかし、ひとつ。

ライラには気になることがあった。



「ねえ、ペノ」


「なあに?」


「私、この世界に来て五年以上は経つのですけど」


「うん」


「……私の身体、成長してなくないですか?」



ライラは自らの胸に手を置き、首を傾げる。

ライラの容姿は、五年前から変わっていなかった。

少女のような身体から、女性らしい肉付きへ変化した様子がない。

使用人のリザですら、この二年で女性らしい身体になったというのに。



「若いっていいことだよね!」


「そういう問題ですか??」


「つまりライラは、胸が大きくなりたいわけだねえ?」


「違いますが」


「憧れちゃうんだねえ!」


「違いますが????」



ライラは苛立ち、肩に乗るペノの耳を掴む。

直後、ライラの前にお茶が差しだされた。

リザが微笑みを浮かべつつ、菓子も並べてくれる。


本当に可愛くなったものだ。

リザの容姿に、ライラはつい感心した。

やはり出会ったころとは違う。

身も心も女性的になり、包容力にも磨きがかかっていた。

そう思えば思うほど、ああやっぱり。

少しは羨ましいのだと思わざるを得ない。


少女のような体型の自らを省みる。

ライラはふと息を吐き、お茶を一口飲んだ。

ああ。このお茶もまた、上手に淹れられている。



「なにもかもリザに負けちゃうねえ」



ペノが小声で揶揄ってきた。

ライラはペノの両耳を再び掴み、苦笑いする。



「お口に合いませんでしたか、ライラ様」



リザが首を傾げた。

リザには、ペノが人の言葉を喋れることを伝えていないのだ。

ライラは慌てて取り繕い、「美味しいです」と微笑む。

その笑みにほっとしたリザが小さく礼をした。



微睡みのような時だ。

ライラは目を細めた。


村の外のことは、一応耳にはしている。

人間と魔族との戦いが激化し、戦火が広がっているという。

そうと知っても、ライラは目を細めた。

せっかく生き返ったのだから、平穏を平穏のままにしておきたかった。

反省すべきことは反省しているが、これ以上家の外に関わりたくなかった。

他の転生者のことは知らないが、ライラは普通の人間なのだ。

微睡みの時に浸り、沈んでいき、そして天寿を全うしたい。そう願っていた。



また一口、お茶を飲む。

肩に乗っていたペノが、笑った気がした。

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