火元


不穏な知らせを、時折聞くようになった。

その最たるものは、人間と魔族の争いであった。

元より争いはあったが、徐々に激しくなっているという。


争いが関係しているためか、兵士となったクロフトからの手紙が減っていた。

しかし時々来る手紙の内容は、特に変化ない。

いつも通り、都での生活や、ライラとの未来を考えているなどといった内容だ。

魔族との争いのことなど、どこにも書いていない。



「そりゃあ、まあ。兵士なんだから。軍事的な情報を書いたりしないでしょ」



不安になるライラに、ペノが言葉で突いてきた。

ライラは顔をしかめ、手紙に再び目を向ける



「そうなのですか? もしかしたら、そんなに深刻ではないのかもと」


「こうなる前から小さな争いはあったからねえ。突然大戦争になってもおかしくはないよ」


「突然??」


「そんなもんだよねえ」



可愛いウサギの姿で、ぞっとするようなことを言ってくる。

ライラはクロフトの手紙を握りしめつつ、窓から外を見た。


メノスの村は、今も平穏であった。

争いごとがこの世界に広がっているなど、微塵も感じさせない。

ところが隣町のテロアでは、そうではないという。

魔族からの攻撃を何度も受けているらしいのだ。


それが本当のことかどうか、ライラには分からなかった。

ライラだけでなく、メノスの村人皆が正確な情報を得ていない。

耳にするいずれの情報も、人伝によるものだからだ。


しかしその曖昧なものも、ついにはっきりとする日が来た。

商人のクナドが訪ねてきて、テロアの現状を教えてくれたからである。



「テロアが封鎖、ですか?」


「そうだ。俺たちは別の街へ拠点を移す」



クナドがそう言って、持ってきていた地図をライラの前に広げてみせた。

ユフベロニア全域を描いた、細かな地図。

テロアの街も、ライラのいるメノスの村も地図に描かれていた。


クナドが指差したのは、ユフベロニアの中央に位置する街であった。

メノスやテロアからは、やや離れている。



「ではこの村に訪れる行商人は減りますか?」


「頻度は減るだろう」


「値段が上がったとしても、私が買っているものは定期的にお願いしたいのですが」


「話が早いな。実のところ世間話じゃなく、そいつの確認をするために来たんだ」



クナドが目を丸くし、表情を明るくさせた。

太客のライラを逃したくないと思っていたのかもしれない。


ライラは今後の交渉をする次いで、テロアの街のことを詳細に尋ねた。

世の中がどうなっているのか、もっとはっきりと知りたかったからだ。



「魔族によるテロアへの攻撃は、世間に知られているものより実際はかなり激しい」



クナドが苦い顔をして言った。



「真偽のほどは知らんが、テロアに潜んでいた魔族が虐待されているらしい」


「虐待? どうして?」


「今言った通り、どうしてかなんて俺は知らん。だが、魔族は魔力を扱える。魔族ってのは己に危機が迫ると膨大な魔力を吐きだすそうだ」


「膨大な……」


「街を攻撃しているのは、その膨大な魔力を察知した街の外の魔族たちという噂だ」



クナドがため息混じりに言った。

「それもまた、真偽は分からんがな」と言い加えて。


クナドの言葉に、ライラは背筋が凍った。

膨大な魔力というのは、自分の魔力のことではないかと。


以前、トロムの眼を買うために大量の金貨を出したことがあった。

金貨五百八十枚分の魔力。

その魔力が街の外へ漏れたのは間違いない。

メノスの村にいたブラムにも察知されていたほどなのだ。



交渉を終え、クナドが帰った後。

ライラはしばらく呆然としていた。

戦争の火種が自分の魔力かもしれないなど、思いもしなかったからだ。



「まあ、ライラの魔力が原因っていう証拠はないんだよ?」



ペノが励ますように言った。

それは確かにそうだ。

ライラ以外にも、大きな魔力を出せる者はいるだろう。

いつ頃の魔力が察知されたのかも分からないと、クナドも言っていた。



「……だけど、同じようなことを私がしたことに変わりはないです」


「まあねえ」


「ブラムも……心配してくれていたのに……」


「確かにねえ。あの時ばかりは、ブラムが正しかったよねえ」


「……返す言葉もありません」



ライラは俯き、木戸へ向く。

大きな魔力を放つたびに訪ねてきたブラムの姿を思い出した。

あの頃は苛立ちと切り離せない相手であったが、今は違う。

懐かしいような、虚しいような。

妙な想いが、ライラの胸にあった。


今更のことだ、とも思う。

ブラムのことも。

大きな魔力を使ったことも。

悔やんだところで、どちらもやり直すことは出来ない。



「んー……、ところでライラ? 話は変わるけどね」



沈み込むライラの肩で、ペノの明るい声がひびいた。

無理やりに気持ちを切り替えさせようというのか、小さな身体を揺らしはじめる。



「そろそろ使用人を雇わないかい?」


「……どうしてです? 特に困ってはいませんが」


「実のところ、ボクが困ってるんだよねえ」


「というのは?」


「家の外も、中も、汚いんだよねえ」


「……え?」


「汚いんだよねえ? ライラって掃除しないじゃない? 今の状態が維持できているのって、ボクが時々掃除しているからなんだよねえ!」


「そうだったのですか??」


「そうだよ? 気付いてないって分かってたけどねえ。そろそろ気付いてほしいとも思っていたよ?」



ペノの小さな身体がさらに大きく揺れ動いた。

そう言われてみたらと、ライラは自らの記憶を探ってみた。

記憶の片隅に映る、ペノの姿。

確かにここそこでペノが部屋の中を動き回っていたかもしれない。

まさか神様に掃除をさせていたなんて。



「それなら……ついでにお家を改築しますか」


「いいねえ!」


「同じ過ちは犯せないので……分割払いにしますけど」


「そのほうがいいねえ!」



ペノが賛同し、ライラは頷く。

頷くと同時に、ライラは心の内で自嘲した。



(やっぱり小心者なんだなあ)



テロアに対しての罪悪感に、目を背けようとしている自分がいる。

背けさせようとしているペノの心遣いにも、安堵してしまっている。

根っからの、どうしようもない小心者なのだと、こうなってみて改めて実感した。


とはいえ、それで良いと思っているところもある。

目を背けなければ、小心者は事を悪化させてしまうからだ。

抱えきれない想いに振り回され、ブラムと喧嘩したのがいい例だ。

クロフトには悪いが、早々に気持ちを切り替えておけば喧嘩にならなかっただろう。



「早速大工のところにでも行くかい?」



再び沈み込みはじめたライラを引き上げるようにペノが騒ぎだす。

ライラは顔を上げ、無理やりに気持ちを切り替えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る