メノス村編 別れるために出会うのか

平穏


涼やかな音。澄んでひびく。

手紙を配達する者が腰に下げている、鈴の音だ。


ライラは鈴の音を聞いて、すぐに立ち上がった。

とんとんと。

リズムよく走り、木戸を開ける。


木戸の先で、配達に来た男が待っていた。

ライラに向かって一礼すると、チリンと涼しい音がひびいた。



「ご苦労様です」



ライラは手紙を受け取り、銀貨を手渡す。

配達をしてくれる者に銀貨を渡すと、間を置いてもう一度訪ねてくれるからだ。

男が喜んで銀貨を受け取り、去っていく。

ライラも木戸を閉じた後、嬉々として手紙の封を切った。



「クロフトから?」


「そうですよ」



ライラはペノに応え、手紙を読む。

手紙の内容はいつも、他愛もないことだった。

都での生活や、訓練の厳しさ。

ライラとクロフト二人だけの思い出や、これからのことを妄想して綴られている。

もちろん、「これから」のことに関しては気に留めず、返事もしない。

それでも毎度書いてくるのだが。



「一途だねえ」



クロフトの想いが綴られた手紙に、ペノが感嘆した。

その言葉にも、ライラは返事をしない。揶揄われるだけだからだ。

とはいえ、嫌でもない。



クロフトが村を発ってから、一年が過ぎていた。

その間ずっと、ライラはクロフトと文通をしていた。

もちろん、振った側のライラからはじめたわけではない。

清々しいほどに諦めの悪いクロフトからはじめたのだ。

クロフトが定期的に手紙を送ってくるため、ライラは手紙を返さないわけにいかなかった。


文通以外では、ライラの生活に大きな変化はなかった。

行商人たちも変わらず村へ来ている。

細々とつづけている金貸しの仕事も順調だ。

鍵付きの箱に納められているお金には、金色の貨幣が増えつつある。


順調でないものもあった。

ブラムとの関係が、冷え切ったままであることだ。

時折村の中で見かけるが、互いに声をかけることはない。

完全に仲直りする機会を失った状態がつづいていた。



「なんだかつまらないなあ」



ペノがため息混じりに言った。

お茶の準備をしているライラの肩に、ペノの吐息が落ちる。



「もうじきソフィヌが来るので、黙っていてくださいね」


「それもつまんなあい!」


「じゃあ、ソフィヌが持ってきてくれる料理は私がもらいますよ」


「それはひどい! 最近のボクの唯一の楽しみなのに!?」



ペノがライラの肩の上で跳ねあがった。

このウサギは、意外にも美食家であるらしい。

この世界の料理だけでなく、他の数多ある世界の、あらゆる時代の料理を知っているという。


美味しいと言える料理がさほどないこの世界。

ペノにとって、料理上手のソフィヌの存在は貴重であるらしかった

ソフィヌが帰った後、ソフィヌが持ってきてくれた手料理のほとんどを食べてしまうほどだ。

そうして必ず、ライラに小言をこぼす。



「ライラはさあ、料理の勉強したいって思わないの??」



ペノが意地悪く言った。

ああ、またか。

ライラは眉ひとつ動かさず首を横に振る。



「全然」


「ボクのためにだよ??」


「尚更ですが」



ライラはきっぱりと断る。

無理なものは無理なのだ。

料理を作ろうなどと、欠片ほども興味を持てない。


ライラの返答に、ペノが小さな身体をふくらませ、拗ねた。

不覚にも可愛く見えて、ライラの頬が緩む。


こうして平穏な日々が流れていく。

ままならないこともあるが、お金には困らないので気楽なものだ。


一年。


さらに一年。


穏やかな時を、ライラは過ごした。

それが、ライラの人生での最後の平穏とは知らずに。

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