答え探して


ブラムと別れて、一日。

ライラは自宅に籠った。

自己嫌悪というのは、こういうものなのだろう。

自らの身体をバラバラに引き千切りたくなる。


外の音。

やけに耳に付いた。


人の声だけでなく、足音も、風の音も、葉の擦れる音までも。

ライラの想いをよそに、時が流れていく。



「ライラ」



ペノの声が小さく耳に付いた。

なにを言いたのか、ライラには分かる。

これほど過敏になっているのだから。



「クロフトが来たよ」


「……うん」


「とりあえず顔を洗ったほうが良いと思うけど」


「……うん」



ライラは起きあがり、のそのそと台所へ向かった。

水を入れた石瓶。

誰も起きてこない早朝にわざわざ起きて汲んでおいた水だ。

ライラは水を大きな木の器に入れ、腫れあがった顔を洗った。

冷たさが肌に刺さり、否応なしに思考も冷えていく。


外で、クロフトと別の男の声が聞こえた。

二人で喋りながら、ライラの家へ向かってきているようであった。



「最悪のタイミングだけど、ここでちゃんと返事をするべきだと思うよ?」



外の声を聞きながら、ペノが言った。

返事と言うのはつまり、クロフトと共に都へ行くかどうかということだ。

長く待たせているのだから、仕方がない。



「……分かってます」


「もっと揶揄いがいのあるタイミングが良かったとボクは思ってるよ。残念」


「……すでに揶揄ってますよね」


「ほんの少しくらい許して! 退屈なんだ!」


「……まったく」



ライラは呆れ顔を見せ、口の端をほんの少し上げる。

精一杯の笑顔。

しかし気持ちを切り替えるには十分であった。

ライラはもう一度、水を入れた器に手を伸ばす。


すると、わずかに手元が狂い、水を入れた木の器が傾いた。

ライラは慌てて、傾いた器を支えようとし、膝を突く。



「……っと、あ、わ! きゃ!!」



傾いた木の器が、さらに傾き、膝を突いたライラの頭の上を踊った。

たっぷりと入っていた水。ざぶんとライラの全身を濡らす。

ペノはというと、早々に安全圏へ退避していた。

水に濡れたライラに呆れ顔を向けている。



「ううーん、良い感じに気持ちを切り替えられたね?」


「……そんなところです」



ずぶ濡れになったライラは苦笑いする。

直後、木戸の外からクロフトの声が鳴った。

「どうかしたかい?」と心配そうに声をかけてくる。

どうやらライラの悲鳴が外へ漏れていたらしい。


ライラはずぶ濡れのまま木戸を開けた。

木戸の先にいたクロフトと、友人らしき男。

濡れたライラを見て、両目を丸くさせる。



「あ……あ、っと、だ、大丈夫?」


「……平気です」


「そ、そうか。でも、着替えたほうが良いかもしれないな。俺たちは外で待っているから!」


「え? あ、はい? あ、わかりました」



くるりと背を向けたクロフトを見て、ライラは首を傾げた。

するとライラの肩に飛び乗ってきたペノが、小声で囁いた。



「まあ、ライラが着ている服って生地が薄いからねえ。濡れるとそうなるよね」


「え? ……あ、わ! あ! す、すみません!!」



ライラは叫び、木戸を閉じる。

素早く全身を拭い、新しい服に着替えた。


クロフトと、その友人らしき男は、静かに木戸の外で待っていた。

その静けさが逆に恥ずかしい。

事ここに至っては、先ほどまでの消沈ぶりを思い出せなくなる。



「……お、お待たせいたしました」



そっと木戸を開けた先。

赤面しているクロフトと友人らしき男。



「あ、うん。ごめん、ライラ。突然来たから、慌てさせたよな」


「え、あ、うん。まあ、少しは」



赤面しているクロフトを見て、ライラの頬も紅潮する。

ぎこちなさも伝染し、なにを話せばいいのか分からない。

しかし、しばらくして。

クロフトの友人らしき男が咳払いをした。

奇妙にねじれた空気を引き延ばすように、クロフトの背を力強く叩く。



「おい、クロフト。俺はお前らのお見合いを見に来たわけじゃないんだぜ」



友人らしき男が片眉を上げつつ言った。

クロフトが苦笑いし、「そうだよな」と応える。



「俺はあっちに行ってるぜ、クロフト。まあ、日が暮れるまでは待っていてやるよ」


「わかった」


「ライラさん、こいつは良い奴さ。よろしく頼むよ」


「お、おい。やめろ! そういうのはいいから!」



慌てたクロフトが、友人らしき男の背を押し、向こうへ追いやる。

友人らしき男は、クロフトに追いやられながらもライラに手を振り、明るく笑った。

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