瞬きの後で


チカチカと、なにかが瞬いた。

瞬いているなにかは、ライラの中に取り込まれたり、遠くへ飛んでいったりしていた。


ライラは遠くに飛んでいったものを掴もうとして、手を伸ばした。

直後、温かいものがライラの手を包む。

ライラは驚き、温かいものを振り払おうとした。

しかしそれはどうしても振り払えなかった。


仕方なく諦めると、今度はその温かさが全身を這いだした。

心地よいような。気味が悪いような。

やがて温かさがライラの唇に触れようとした瞬間、ライラは目を覚ました。



「……おう、起きたようだな」



離れたところで、男の声がひびいた。



「……ここは」


「宿だ」


「……どうして」


「覚えてないのか。倒れたんだ」



そう言った男の声が、ライラの傍へ寄る。

ライラは声に顔を向けた。

声の主は、クナドであった。

獣脂蝋燭のランプを片手にして、ライラの顔色を窺ってくる。



「うなされていたが、顔色は悪くないな」


「……うなされていたのですか?」


「少しな。だが心配なさそうだ。呼んだ医者も、特に問題ないと言っていた」


「……ご迷惑をおかけしました」



ライラは謝罪し、起きあがろうとする。

しかしすぐに眩暈がして、倒れた。

魔力を使い過ぎたのだろうが、眩暈のひどさはこれまでの比ではない。

起きあがるどころか、意識を正常に保つことも困難に思えた。



「まだ調子が悪そうだな」


「……そのようです」


「宿代は俺が払っておいた。ライラお嬢様はこのまま明日まで寝ておけ」


「……ありがとうございます」


「それと、トロムの眼は俺が一時的に預かっておく。身動きひとつとれない娘の手に置いていけるような安い代物ではないからな」


「……そうしてください」



短く応えていくライラ。

眩暈だけでなく、疲労感に押しつぶされそうだからだ。


ライラの様子を見て、クナドが口の端を持ちあげて見せる。

そして小さな呼び鈴をライラの手元に置いた。

「俺はもう帰るから、なにかあれば宿の者を呼べ」ということらしい。

ライラはクナドに礼を言う。クナドが再び口の端を持ちあげ、部屋を出て行った。


間を置いて、ペノがライラの傍へ寄ってきた。

焦点が定まりづらいライラを気遣い、静かにしてくれている。



(……やりすぎたかな)



ライラは自らの手を見て、目を細めた。

魔力を大量に使ったのは間違いない。

苛立っていたとはいえ、軽率ではあった。

好戦的な魔族がいたら危険だと言ったブラムの顔を思い出す。


反省はしているが、ブラムの顔を思い出すと再び怒りが込み上げてきた。

ああ、やはり。これで良かったのかもしれないと思ってしまうほどに。



「また、ブラムのことを思い出してるんでしょ?」



目を細めているライラに、ペノが小さく言った。



「思い出してないです」


「嘘が下手だねえ」


「イライラしてただけで」


「さっさと仲直りすればいいのにねえ」


「……放っておいてください」


「はいはい」



ペノが目を瞑り、再び静かになる。

その静けさが、眩暈をゆり動かして眠気を呼び起こした。

ライラはそのまま宿のベッドで眠った。


次に目を覚ましたのは二日後。

宿の店主がライラの様子を窺いにきた音で、ライラはようやく目を覚ました。

店主が言うには、ライラは二日間死んだように眠っていて、何度声をかけても目覚めなかったという。



「お世話になりました」



ライラは店主に追加料金を払い、深々と礼をした。

店主もお金を貰えるのなら問題ないと、笑顔を見せてくれた。


宿を出たライラはクナドの元へ行った。

最初の一泊分の宿代を手渡し、トロムの眼を受け取る。


箱の中に納められていたトロムの眼が、ぎろりと揺れた。

ライラは驚き、すぐさま箱に蓋をした。

綺麗ではあるが、改めて見ると少々不気味だ。

高級品と知らなければ、絶対に有難がったりしないだろう。



「はっは。実のところ、俺も少々不気味とは思っていた」


「ですよね」


「しかしライラお嬢様にそこまで想われている奴は幸せもんだ」


「……別に、そういう相手では」


「んん? 俺はそういう相手だとは言ってないぜ?」


「……ああ、もう。そういうのはもういいです」


「はっは。そうだな、すまない」



クナドが両手のひらをライラに向ける。

ライラはわざとらしく頬をふくらませたが、すぐに笑顔を見せた。


そうしてライラはクナドに深く礼をし、テロアの街を去った。

勿体ないと思いつつも、上等な馬車と御者を雇い、メノスの村まで送ってもらった。

しかし結局、ライラの乗り物酔いが良くなることはなかった。

メノスに着いた頃には、いつも通りにぐったり倒れたのだった。

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