トロムの眼


「ライラお嬢様よ。こっちだ」


「……え? あ、はい」



クナドに手を引かれ、ライラは店の奥へ行く。

不慣れなライラの代わりに、クナドが「トロムの眼を見せてくれ」と店員に伝えた。

店員は一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに表情を作り直す。

「お待ちください」と短く言って、奥の部屋へ入っていった。



「そう言えばライラお嬢様は、ジュエリーに興味が無いんだったな」


「……ええ、まあ」


「だからそんなに不慣れそうなのか。まったく奇妙なお嬢様だ」


「恐縮です」


「はっは、恐縮ってか。……って、おっと。お出ましだぞ」



クナドが背筋を伸ばす。

釣られてライラも背筋を伸ばした。

奥の部屋から木箱を持ってきた店員が、ライラたちの前に立つ。



「こちらがトロムの眼でございます」



そう言った店員が、木箱の蓋を開けた。

箱の中には、丸い宝石が納められていた。

宝石そのものはただの水晶玉のようであったが、その表面には瞳のような模様が浮かんでいた。

瞳の模様をじっと眺めると、模様がまるで生きているように瞬いた。



「……不思議」


「そうだな。ちなみに偽物のトロムの眼は、ただの竜眼石だ。ま、そいつも宝石に違いないから無価値ってわけじゃない」


「そうなのですね」


「ちなみに店員さんよ。こいつの値段はいくらだい?」


「金貨五百八十枚となります」


「……ってことらしいが、どうする? ライラお嬢様よ?」



クナドがトロムの眼を指差しながら片眉を上げる。

ライラは小さく唸り、「少し考えてもいいですか」と言って、席を立った。

そして店の端へ行き、誰にも聞こえないほど小さな声でペノに声をかける。



「ペノ。あれって、本当に本物?」



ライラは訝しんでいることを隠すことなく言った。

買うにしても、金貨五百八十枚支払って偽物を掴まされては意味がない。



「魔法の力を感じるから本物だと思うねえ」


「本当に災いを避けるような魔法がかけられているの?」


「正直ボクも疑っていたけど、間違いなくかかっているねえ。もう少し正確に言うと、周囲の妖精たちに対して『宝石の所有者を見守ってね』っていう指示をするような魔法がかけられてるってとこ」


「それってすごいこと?」


「かなりすごいこと! まあ、ボクに比べたら妖精なんて些細な存在だけど、普通はすごいことだよ」



ペノが胸を張るようにして答えた。

魔法の説明をしているのか、自分の偉大さを称えたいのか。

どちらにせよ、若干鬱陶しい。


ともかくトロムの眼の効果がどのようなものかは分かった。

あとは買うか、買わないか。



「分かっていると思うけど、買うとすれば大魔力を周囲に撒き散らすことになるよ?」



自らの手を見ているライラに、ペノが言葉を差し込んできた。

金貨五百八十枚分の魔力。これまでとは桁が違う。

近くに魔族がいれば、確実に気付かれることだろう。



(魔族……)



ライラはブラムの顔を思い出した。

瞬間、ライラの全身に苛立ちが駆け巡った。


魔力のことで悩まなければならないこと。

クロフトとのことを揶揄われたこと。

ひどい言葉を互いに投げつけあったこと。


胸の中に様々な想いが入りこみ、混ざり合い、息苦しくなる。

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