金持ちの世界


「ライラお嬢様じゃあないか」



聞き覚えのある声が、ライラの背を突いた。

振り返る。

後ろから駆け寄ってきた男。クナドであった。



「お久しぶりです」


「ああ、そういやあ最近は会っていなかったな」


「ええ。書簡のやり取りだけでしたね」



ライラはそう言って、クナドと握手を交わした。


クナドとは、定期的に情報の交換をしていた。

その情報は、おおまかに三つ。

クナドがまとめ上げている行商人たちが今後メノスの村になにを持ってくるのか。

メノスの村ではなにが求められているか。

倉庫の使用率などである。


投資の話などもいくつか持ち込まれたが、ライラはほとんど断っていた。

商売の内容なんて、ライラには理解できない。

単純な金貸しとは違い、損か得かも分からない。

分からないことに大金を出して、万が一誰かを不幸にしてしまったら申し訳ない。



「今日はどうした? まさか前に話した投資の話じゃないだろう?」


「違います。クナドさんに投資をするなら、考えますが」


「はっは! そうだな。そのときはよろしく頼みたい。……では、なにか探しものか?」


「トロムの眼というものを探しています」


「ほう? また奇妙なものを探しているな。ライラお嬢様には必要ないだろうに」


「贈りたい相手がいるのです」


「ほう。なるほどね」



クナドが大きく頷く。

どんな相手かまでは聞いてこない。野暮だと察してくれたのか。


本物のトロムの眼は、テロアの街でも珍しいものであるらしかった。

偽物であれば多く出回っているが、本物はやはり少ないのだという。



「どこに売っていますか?」


「教えてもいいが、かなり高いぞ」


「どれほどですか?」


「金貨五百枚ってところだ」


「……五百!?」



あまりの価格に、ライラは驚きの声を上げた。

金貨五百枚など、一般人が一生の半分をかけてようやく稼げるものだ。

当然、並の兵士が買えるものではない。

とすれば、人気と知られているものは間違いなくすべて偽物。

本物が混ざっていることなど、やはり無いだろう。



「と、とりあえず、本物を見てみたいです」


「ほう。まあ、いいだろう。正直俺はトロムの眼なんざ興味はないが、ライラお嬢様が出す金貨の山は見てみたいな」


「買うかは分かりませんよ」


「はっは! そいつはどうかな?」



クナドが大笑いする。

ライラのことを浪費家の金持ちとでも思っているのかもしれない。


しかし金貨五百枚。

さすがのライラも躊躇してしまう。

なにより問題なのは、いつも持ち歩いている袋に金貨五百枚を入れられないことだ。

トロムの眼を買うとなったら、別の方法を考える必要がある。


ライラはクナドの後を付いて歩きながら、あれこれと考えを巡らせた。

考えれば考えるほどに、「本物を買う必要などないのではないか」とも思った。

本物も、所詮お守りなのだ。

大金を払う意味などないのではないか。



「ここだ」



悩むライラの前で、クナドの声が鳴った。

見るとそこには、宝石店があった。

しかも、そこいらにある宝石店ではない。

本物の貴族が通うような高級店だ。



「トロムの眼は、宝石のひとつだ」


「お守りと聞きましたが」


「そうだ。宝石に魔法がかけてある。魔法がかかることで、宝石に瞳のような模様が浮かびあがるらしい」



そう言ったクナドが、宝石店の扉を開ける。

店内は煌びやかな空気が満ちていた。

売られている宝石だけでなく、内装も店員もみな華やか。

品物を物色している客に至っては、纏っている雰囲気が違う。


これが本物の金持ちの世界なのだ。

ライラはすっかり圧倒された。

その様子を見た他の客が、「あら、可愛らしいお客さんだこと」と犬猫を見るような視線を向けてくる。

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