逃避
「そんなにウジウジするなら仲直りすればいいんじゃないの?」
ペノが呆れたような声をこぼした。
ベッドに突っ伏していたライラは、ぴくりとも動かず、返事も出来ない。
今更何を言えというのだ。
それにブラムのほうが悪いんだから。
自分から謝るのも筋違いというものではないか。
「まあ、いいけどねえ」
「……いいなら、黙っててくれます?」
「えー? こんな愉快なこと、滅多にないのにい?」
ペノが小さく笑う。
本当にこのウサギは。
ブラムと同じくらい苛立たせてくれる。
神様でなければ、全身の白い毛を毟っているところだ。
「それより今は、クロフトとのことを決めないと……」
「確かにねえ!」
「私、どうしたら……」
「それをボクに聞かれてもねえ?」
ペノが小さく唸る。
確かにそうだ。ペノに聞いてどうする。
ライラとしては、クロフトと共に行きたいと思っていた。
クロフトが先のことを考えているかは知らないが、経済的なことはまったく問題ない。
ライラの力があれば、お金が使える地域である限り、どこでも生きていけるのだ。
都であれば、問題なく暮らせるだろう。
むしろクロフトを養ってもいい。彼のプライドが傷付かなければ、であるが。
しかしそれでも、ライラの不安は拭えなかった。
この世界の人間ではない自分が、クロフトと深く関わっていいのだろうか。
それだけではない。
共に暮らしつづければ、ライラは自らの力を隠しきれない。
力の存在を明かしたとき、クロフトと良い関係を保てるだろうか。
「つまりライラは、クロフトが自分の存在を受け入れてくれないかもと危惧しているわけだねえ」
心を読んだかのように、ペノが言った。
「……つまり、そうです」
「小心者だねえ」
「小心者だから、こんな『願い』をしたわけです」
「確かにねえ!」
ベッドに突っ伏しているライラの頭を、ペノが軽く叩いてくる。
それがまた癇に障るが、何も言えない。
結局のところ、今のライラの存在はほとんど借り物なのだ。
力も、力から得たものも借り物だ。
自分の力ではないから、自信に繋がらない。
虚しさは増していく一方というわけである。
「……とりあえず」
「とりあえず?」
「……テロアに行こうと思います」
「お買い物に?」
「……現実逃避に」
今はメノスの村にいられる心境ではない。
クロフトのことだけでなく、ブラムとのこともある。
小心者のライラに、人生の一大事と大喧嘩の両方を捌けるはずがない。
ペノが呆れた表情を見せてくる。
ライラは自らの情けなさに、再びベッドへ顔を押し付けた。
翌日。
ライラは「仕事の都合でテロアに行く」とクロフトに告げ、メノスを発った。
大噓であったが、言わずに村を離れたら変な誤解を与えてしまうに違いない。
クロフトはにこやかに見送ってくれた。
その笑顔が、ライラの小さな胸を締め付けた。
「まあ、せっかくだから気分転換といこうよ」
ペノが励ましの言葉をかけてくれた。
ライラは苦笑いしながら頷く。
しかしテロアの街へ向かうための馬車は、気分転換とならなかった。
前回同様、乗り物酔いによってライラの体力は悉く奪われていった。
「お嬢ちゃん、もうすぐ着くからな。頑張れや」
「……は、はい」
「まあったく、ひ弱だなあ」
「ご迷惑おかけします……」
馬車の中。隣に座っていた老人がライラの背を叩く。
ライラは既視感を覚えつつ、老人に何度も礼を言った。
二日間の旅の後も、ライラは老人を食事に誘って礼を尽くした。
「なんだか、同じようなことが前にもあったねえ?」
「……面目ないです」
「ライラ専用の、酔いにくい馬車を作ったほうがいいんじゃないの?」
「……前向きに検討します」
ライラはぐったりとしながらペノに答え、老人の背を見送る。
「でも良いことも知ったねえ!」
ペノの両耳が左右に揺れた。
ライラは頷き、一度だけ振り返ってくれた老人に手を振ってみせる。
「良いこと」。
それは旅の道中、先ほどの老人が教えてくれたことであった。
老人はユフベロニアの都に行ったことがあるらしく、軍人たちに人気がある品を知っていた。
「『トロムの眼』だっけ?」
「それです」
「トロム自体は知ってるけど、そういうお守りがあるっていうのは知らなかったなあ」
ペノの両耳が小刻みに揺れる。
トロムというのは、魔物の一種であるらしい。
目が非常に良く、災いとなるものを視認すると素早く逃げるらしいのだ。
「トロムの眼」は、その魔物の性質にあやかって作られたお守りであった。
あらゆる災いを避けることができるのだという。
「魔法のお守りだと言っていましたよ?」
「らしいねえ。でも道具に魔法の力を込めるのは難しいんだ。本当の魔法のお守りだとすれば、たぶん高級品だよ」
「どれくらいの値段でしょうか」
「見当もつかないなあ。少なくとも兵士の給料では買えないと思うけど」
「じゃあ、人気があるっていうのは……?」
「偽物も出回っているからじゃない?」
ペノの言葉に、なるほどとライラは頷いた。
本物の高価な魔法のお守りは、魔族にしか作れない。
魔力同様、魔法を使うことができるのは魔族だけだからだ。
それなのに人気があるということは、人間の手で多くの偽物が作られているということだ。
その偽物を多くの者が買うことで、人気が保たれているに違いない。
本物はきっと、ごくわずか。
魔族から譲り受けたり買ったりしたものか、奪ったものだけだろう。
「探してみませんか?」
「クロフトにあげるの?」
「ま、まあ……そうです」
「中途半端な健気さだねえ」
「……自覚してますから、言わないでください」
ライラは唇を捻り、目を細めた。
言われずとも、中途半端なことをしていると分かっているからだ。
クロフトは、お金とか、高級品にまったく興味がない。
ライラが贅沢な暮らしをしていると知っても、まったく気にしないでくれるほどだ。
とすれば、贈り物をするより、クロフトの想いに応えたほうが喜ぶことだろう。
「人としての器の大きさもお金で買えたら良いのですが」
テロアの街を歩きながら、ライラはこぼす。
左右に揺れるペノの長い耳が、ライラの頬を何度か打った。
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