酒場にて

それからライラは、散歩のつづきに戻った。

クロフトの訓練の時間を邪魔しないようにするためだけではない。

会話をつづければつづけるほど、そわそわとして落ち着かなくなるからだ。

名残惜しそうにするクロフトに手を振り、ライラは村の奥へ戻っていく。



「意気地なしだねえ!」



肩に乗っていたペノが大笑いした。

その声に、ライラは目を細める。



「……別に、ペノが思っているようなことはありませんから」


「んー? 思っていることってえ?」


「だ、だから、その……クロフトとどうこうなったりはしませんからね」


「へえ? 本当に??」


「本当に!!」



ライラは勢いよく言いきる。

夢にも思わないとは言わないが、クロフトとの関係を変えたいと本気で思ったことはなかった。

どれほど時が経っても、ライラの心の内には虚しさがある。

「正真正銘の、この世界の人間ではない」という思いが、壁を生みだしている。



「……本当に、まだそういうことは」



ライラはぽつりと声を落とす。

察したのか、ため息を吐いたペノが静かになった。

この世界へ転生させた当事者であるから、ライラが辛そうにすると多少気遣ってくれる。



「まあ、そろそろ朝ごはんに行く?」


「そう、ですね」


「そろそろライラの手料理が食べたいんだけどなあ」


「それはそれは、残念でしたねえ」



ライラは苦笑いし、足を進める。

ペノの言う通り、ライラはこの世界に来てからこれまで、料理をしたことがない。

足の向く先にある村の酒場で食事を済ませつづけているからだ。


料理をしてくれる人を雇おうか悩んだこともあった。

しかし、やめた。

ライラの中では、衣食住のうち食の欲求が最も低かったからである。

つまり、美味しい料理を食べたいという欲求もさほど無い。

なにより、家で一人寂しく食べるよりは、賑やかなところで食べたほうが良いというものだ。



「いらっしゃい、ライラ。いつものかい?」



酒場の女主がライラを迎えてくれる。

ライラはいつも通り「お願いします」と答え、席に着いた。



「……ぁあ?」



席に着いた直後、ライラのすぐ後ろで聞き慣れた声がこぼれた。

ライラは数瞬悩み、そっと振り返る。



「……ブラム」


「……ちっ、なんだよ、馬鹿ライラ」


「馬鹿って言わないでったら!」



ライラはつい大声をあげてしまう。

直後、周囲の視線がライラへ向いた。

ライラははっとして俯き、「馬鹿って言わないでったら」ともう一度囁いた。


ライラはそのまま俯き、料理が来るのを待った。

ブラムもそれ以上話しかけてくることはなかった。

しかし料理が届くや、ブラムが後ろから覗き込んできた。



「お前、お嬢様のくせにそんなの食ってんのか?」



運ばれてきた料理を見て、ブラムが驚きの声を上げた。

直後、酒場の女主がブラムの頭を叩く。

当然だ。失礼にもほどがある。



「好きなんです」


「……っつぅ、……だ、だけどよ、お嬢様ならもっと高そうなもん食えるだろうがよ」


「そういうのは時々でいいのです。勿体ないですから」



そう言って、ライラは料理を食べはじめた。

料理の食材は、村で作られている野菜ばかりだ。

味付けは雑だが、香草が利いていて飽きることはない。

栄養的にも悪くなさそうであるから、通いつづけている。



「ふうん、なんつうか、中途半端なお嬢様だな」


「……とうとう、ブラムにも言われてしまいました」


「も、ってなんだよ。他の奴にも言われてるのかよ。くはは!」



ブラムが笑った。

ライラの肩の上にいるペノも小刻みに揺れる。

なんとも癇に障る朝だ。

ライラは眉根を寄せつつ、早々に食事を済ませた。

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