告白
酒場を出る直前。
ブラムの笑い声がもう一度聞こえてきた。
その声はライラに向けられたものではなかったが、やはり少し癇に障った。
「せっかくクロフトとお喋りして、いい気分だったのになあ」
「……ん? おっと、ふふふ。そうなのかい?」
ペノが小さな声で応え、小さく笑った。
どうしたのだろうと、ライラは首を傾げる。
直後、ライラの背に誰かの手がとんと触れた。
ライラはびくりと肩を揺らし、目を丸くさせて振り返った。
「そうだったのかい? ライラ」
爽やかな青年の声。
後ろに立っていたのはクロフトであった。
嬉しそうに微笑み、ライラの瞳を覗き込んでくる。
「……っ、と、え、え??」
ライラは声を引き攣らせながら半歩下がった。
ペノの両耳が賑やかに揺れる。
ああ、このウサギは。クロフトが後ろにいたと気付いていたのだ。
本当に癇に障る朝だと、ライラは心の内でむくれる。
「俺もライラと話す時間が好きだよ」
クロフトがさらに柔らかく微笑んだ。
その微笑が、微妙な表情で固まっているライラをさらに追い込んだ。
「ふぇ? あ、あ。う、うん。そ、そう?」
「そうだよ。知ってると思っていたけどな」
「そ、そうなんだ。嬉しい、です」
嬉しいってなんだ。
ライラは答えながら、心の内では大混乱に陥った。
嬉しいってなんだ?
クロフトとは友達なのだ。
友達とのお喋りの時間は当然嬉しいし、楽しいのだ。
クロフトの言う「好き」というのも、そういうことなのだ。
そこまで考えを巡らせてから、ライラはハッとした。
胸に揺れる想いが、思いのほか大きいことに気付いた。
ああ、やはり。
クロフトが好きなのだ。
なんとなく好きなどという、あやふやなものではない。
村の女の子たちがクロフトを想うのと同じか、それ以上に。
自らもまた、強い好意を持っているのだ。
「はは。今日のライラは少し変だね。俺まで頬が赤くなってしまうよ」
クロフトが微笑みながら言った。
その笑みに、ライラはズルいと感じてしまう。
多少の焦りは見て取れるが、クロフトの頬は別段赤くなってはいないからだ。
「……クロフト。そういうこと言われると誤解してしまうわ」
「誤解って?」
「えっと……つまり、その。……村の女の子はみんな、あなたのことを見ているのよ。だから、クロフトと私のことを、みんなが誤解してしまうから」
「……そ、そうか」
クロフトの目が丸くなる。
ようやくほんの少し、頬を赤く染めてくれた。
「ああ、でも……」
頬を赤くしながら、クロフトが目を伏せた。
頭髪を手で押さえながら、ううんと唸り声を上げる。
「でも、俺は……誤解じゃないようにしたいんだ」
目を伏せながら、クロフトが小さく言った。
その言葉に、ライラの胸の奥がぎゅっと絞られた。
いや、絞られただけではない。
胸がひっくり返って、数瞬、呼吸の仕方を忘れた。
(あれ、私、今、どんな顔してるかな)
息を止めたまま、ライラは自らの頬に触れた。
自分がどんな表情になっているか。
想像する思考力がない。
「ライラ。……ああ、本当は今言うつもりじゃなかったけど」
戸惑うライラをよそに。
クロフトが言葉をつづけた。
「え、え。あ、は、はい」
「そ、そんなに緊張しないでよ。俺も緊張してしまう」
「ご、ごめ……あ、うん」
「つまり、俺は」
クロフトが息を飲んだ。
そうしてライラの目を覗く。
ライラは胸だけでなく、全身をぐっと鷲掴みされた気がした。
恋愛ごとにさほど興味がなかったライラでも、この後なにを言われるのかは想像できる。
「俺は、ライラが好きだ」
クロフトが淀みなく言い切った。
ああ。
言われた、と。
ライラの思考が止まりはじめる。
時間。
ゆっくり流れている気がした。
いや、速いのかも?
思考が止まりかけているから?
それとも自分の周りだけ時間が止まっている?
「ライラ。俺と一緒にユフベロニアの都へ行かないか?」
ライラが返事をしないからか、クロフトが言葉をつづけた。
それを聞いた瞬間、ライラの思考力はさらに鈍くなった。
(……都? ……私、も?)
つまり兵士に志願するクロフトとともに、メノスの村を出る?
ユフベロニアの都に行き、共に暮らすということ?
あれこれと不安なことが脳裏をよぎりはじめる。
止まりかけていた思考力がゆっくりと加速する。
どう答えるべきか。
いや、どうしたいのか?
考え出した瞬間。
ライラの内から、いつの間にかふわふわとした気持ちが消えた。
「クロフト。私は……」
「ライラ。急に悪かった。今すぐ返事しなくてもいいんだ。少し考えてくれないか」
クロフトが少しだけ困った顔をした。
考えなしに、思っていたことを口にしてしまったのだろう。
ライラは戸惑いつつも、小さく頷いてみせた。
出来ればすぐに返事をするべきと思ったが、今すぐ答えを用意できる気がしなかった。
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