明かり

宿屋兼酒場の繁盛っぷりは、ライラの想像以上であった。

自分で始めれば良かったなと思うほどに。


とはいえ、出資した分は少しずつライラに返済されていった。

しかし釈然としない光景を目の当たりにしてしまう。



「……消えたんだけど」



返済されたお金が、間を置いてライラの手のひらから忽然と消えた。

予想もしなかったことに、ライラは呆然とする。



「貸したものを返してもらっただけだからね」


「……そんなあ」



ライラはがくりと膝を突く。

もしかすると手元に残るお金が得られるのではないか。そう期待していたからだ。

ライラの期待は文字通り、きれいさっぱり消えた。


しかしである。

返済がつづいてしばらく後、ライラの手元から消えないお金が現れた。

その次の返済でも、ライラに返されたお金が消えることはなかった。



「どういうこと?」


「利子だからねえ。つまり利益を出せばその分は消えないってわけ!」


「じゃあ、商売をしたらお金持ちになれる?」


「それは、そう! 利益を出せたらね! でも商売って難しいと思うんだよねえ。もしライラの知識によって生まれた商品がこの世界でとても珍しかったとして、それが売れるか売れないかは別問題でしょ?」


「……つまりペノは、私に商才がないと言いたいわけですね」


「はっきり言って、そう!」



ペノが高らかに笑う。

その声にライラは苛立ったが、自身でも分かってはいた。

どれほどお金があっても、ライラの思考は消費する側のものだ。

世の中は、いや商売というものはそれほど甘くない。


とはいえ、わずかに得たお金の存在はライラにとって大きかった。

「お金に困らない力」を行使することなく、お金が使えるからだ。



「これは大事に取っておきます」


「使わないの? 幾らでもお金が出せるのに?」


「ブラム以外の魔族が近くにいた時、使えるお金が欲しいのです」


「ああ、なるほどねえ」



いくらでもお金が出せるとはいえ、平穏な生活をつづけられなければ意味がない。

平穏な生活のためには、ライラの魔力の存在をブラム以外の魔族に知られてはならないのだ。

わずかに得たお金は、今後すべて貯めていく。

「小心者だねえ」とペノに笑われても。


こうしてライラは、金貸しの商売をはじめた。

もちろん商才がないので、手広くはやらない。大金が欲しいわけでもないからだ。

村を訪れる行商人や、村で商売をする者にだけ、求められたときのみライラはお金を貸した。

利子はほんのわずかと設定したため、行商人たちからは良い評判を得ることとなった。



「でも返済してもらえないときもあるねえ」



ペノが嘲笑うように言う。

やはり商売には向いてないと言いたいのだろう。



「力を使って出しているお金ですから、別にいいのです」


「まあね!」


「本当は寄付するように使いたいのですが」


「出来ないんだなあ、それは!」



ペノの両耳がパタパタと揺れる。

実のところ数回、ライラはお金を貸せないときがあった。

それはすべて、客となる者が明確な目的を持っていない場合であった。

なにを得られるのか分からなければ、「お金に困らない力」は発動しない。

別の理由をこじつけようとしても、やはりお金は現れなかった。


お金を貸せないときの客の反応はひどいものであった。

村の者も、ライラの倉庫を使う行商人たちも、皆ライラを裕福な人間だと思っている。

「ちょっとくらいのお金なら譲ってくれてもいいじゃないか」

そう思う者が、ライラの周りに現れるようになっていた。



「まあ、ちょっと不便なくらいが楽しいでしょ?」


「楽しいのはペノですよね」


「それは確かに、そう!」



「お金に困らない力」が使えず困っている時、ペノはいつも楽しそうに身体を揺らしている。

他人の前では喋らないので、「にゃあ!」とか「にゃにゃにゃ」などと鳴きながら。

それがまた、困っているライラの癇に障るのだ。

とはいえ神様のようなウサギには、怒りをぶつけられない。


ライラはペノから目を逸らし、長くため息を吐いた。

その日に得たわずかな稼ぎを手に取り、寝室の隅へ行く。

寝室には、鍵付きの箱を置いていた。

稼げるようになってから、念のために買ったものだ。


箱の中には、いくらかの貨幣が収められていた。

ライラは手にしている銅貨を箱に入れる。

鈍い金属音が、箱の中で弾けた。



「金貨を見慣れちゃったもんだから、少なく見えるでしょ?」


「そんなことはないです」


「そう?」


「お金の大切さを、改めて知れますから」


「そういう考えもあるねえ」



ペノが感心したような声を箱の中へ落す。

ライラは箱をそっと閉じ、ベッドへ腰を下ろした。


蝋燭の明かりが、ライラの頬を照らす。

その火を横目に、ライラは天井を見上げた。

天井の明かりがないことに慣れたのはいつからであったろう。

思い通りにならないことと、思うほうへ進んでいることの狭間に、自分が浮かんでいる気がする。



「寂しいかい? ライラ」



いつの間にかライラの膝に乗っていたペノが、ライラの瞳を覗いていた。



「どうして?」


「人というものは、周りの人々より大きい力を持つと必然的に寂しくなるようだよ」


「そうなのかな」



自らの力が小さいうちは、周りの力に圧倒されて寂しさを感じる余裕がないだけなのか。

それとも自らの力が大きくなれば、周囲との感覚のずれを強く感じるからなのか。

いずれにせよ、ライラの心の隅には虚しさや寂しさが佇んでいる。

それは、徐々に大きくなってきている。

時々癇に障るウサギが傍にいなければ、今頃泣いていたかもしれない。



「もう、帰れないんだなあ」



思わず、声に出た。

この世界に慣れてきたつもりであったが、そうでもなかったのかもしれない。

力を使っていきれば生きるほど、自分がこの世界の異物なのだと認識する。

異物がこの世界に親和できるのは、いつになるのか。

考えるほどに、転生する前の、おぼろげな記憶に閉ざされはじめた世界が恋しくなる。



膝の上にいるペノは、何も答えなかった。

蝋燭の明かりだけが、かすかに励ましてくれている気がした。

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